いつの時代にも尽きない「離婚トラブル」。離婚を決心するだけでも大変なのに、相手が非を認めない、なかなか合意してくれない、条件が折り合わない…など、その先にはさまざまな壁が立ちはだかります。本連載では、西村隆志法律事務所・西村隆志氏の書籍『キッチリけりがつく離婚術』(東邦出版)より一部を抜粋し、実際の事例を紹介しながら、対処法を解説します。

家事や育児をあまり手伝ってくれない夫が大暴走

【夫が子どもを連れて家を出ていってしまいました。なんとかして取り戻せないでしょうか】

優子さん(40歳)は、夫(40歳)と10年前に結婚し、翌年には長男(現在9歳)が、その2年後に二男(現在7歳)が誕生しました。優子さんは、結婚後は仕事を辞め、専業主婦として家事子育てに専念していました。

 

しかし、優子さんは、仕事で忙しく(8時頃に出勤し23時頃に帰宅することが多かった)、家事や育児をあまり手伝ってくれない夫に不満を覚えるようになり、徐々に夫婦げんかが増えてきて、今年になって、離婚の話合いを始めました。

 

夫は、離婚自体には応じてくれましたが、「親権は渡せない」と主張してきて、なかなか話は進みませんでした。すると、夫は、突然、優子さんの留守中に、「子どもたちと少しでも長く過ごしたいので、子どもを連れて実家に戻ります。」との置き手紙だけを残して、子どもを2人とも連れて、実家に戻ってしまいました。

 

優子さんは、すぐに夫に連絡をして「子どもを返してほしい」と言いましたが、夫はまったく応じず、夫の実家に行っても、子どもに会わせてもらうこともできませんでした。それでも優子さんが何度も子どもに会わせてほしいと言っていると、夫は、弁護士の立会いのもとでなら会わせる、との条件付きで面会に同意しました。

 

子どもたちとの面会で、優子さんは、「お母さんと帰ろう」と子ども2人に言いましたが、二男は、「お母さんと帰るとお父さんとは会えないんでしょ」と泣き出してしまい、優子さんは必死に、「そんなことないよ、お母さんと帰ってもちゃんとお父さんと会えるよ」と話をしましたが、それ以上話をすることを弁護士から止められ、子どもは連れて帰られ、その後は、また会わせてもらえなくなりました。

 

優子さんは、なんとかして、子どもたちをもとの家に連れて帰りたいと考えています。

 

〈子の引渡し〉
〈子の引渡し〉

 

◆子どもを連れ戻す方法について

 

直接の交渉がうまくいかない場合に、子どもの引渡しを求める方法として、まずは、家庭裁判所に子の引渡しを求める審判を申し立てることが考えられます。調停による方法もありますが、調停は一般的に時間がかかるため、より早く判断がされる審判を求めることをまずは考えることになります。

 

そして、審判で子どもの引渡しが認められるかどうかは、別居中の夫婦は、いずれもが子どもの監護権者にあたるため、結局は、どちらが監護権者としてふさわしいかという点から判断されることになります。

 

もっとも、審判が調停よりも早く結論が出るとはいっても、やはりそれなりの期間はかかってしまいますので、早期の子どもの引渡しを求める場合には、審判(または調停)を申し立てたうえで、暫定的に子の引渡しを求める保全処分をすることになります。

 

保全処分を裁判所に行ってもらうためには、急いで判断を求める必要性があること(保全の必要性)と、審判で自身の請求が認められる可能性が高いこと(本案認容の蓋然性《がいぜんせい》)を疎明(そめい)する(証明よりも弱い程度でよく、確からしいという程度で認められます)ことが必要となります。

強引に連れ戻すと、かえって不利になる可能性も

◆何が証拠となるか・証拠の収集方法

 

子どもの引渡しを求める場合には、子どもの連れ去りが、配偶者の意思に反するものであること、連れ去り前の状況が子どもの成長にとって問題のないものであったこと、連れ去り後の監護状態が子の福祉に反するものであることなどを主張することになります。事例の優子さんの場合は、

 

●同居中の監護は優子さんが行っていて、安定した環境にあったことを証明するもの。具体的には、母子手帳や幼稚園・小学校の記録、習い事の状況、通院記録(おくすり手帳など)、夫婦それぞれの勤務時間がわかるもの(給与明細や労働契約書など)など。

 

●別居後の監護状況が子の福祉に反するものである(同居時の子どもの安定した環境を維持できないことなど)ことを示すもの。具体的には、子どもの現在の居住地と同居時の住居の距離がわかるもの(住民票、地図や移動時間などを示すもの)、子どもの現在の住所地で子どもが生活したことがないことを示すもの(住民票、幼稚園や小学校の記録など)など。

 

●別居が夫によって強行されたものであることを示すもの。具体的には、離婚協議の経過や別居後のやり取りがわかる会話録音、メモ、メールやLINEなどのSNS履歴など。

 

●別居後に、夫が子どもらに、不適切な言動を行っていたことを証明するもの。

 

●事例では、「お母さんのところに行くと、お父さんとは会えなくなる」などと言って子どもが妻のもとへ行こうとしないように仕向けていたことを証明するもの。具体的には、面会交流時の子どもとの会話録音など。

 

◆事例に対するコメント

 

優子さんの場合は、同居中は、夫が仕事で忙しく、優子さんが子育てを主に行っていたこと(主たる監護者は優子さんである)、子育ての環境は安定していて特に問題はなかったこと、離婚協議中に突然夫が子どもを連れて別居をしたこと、子どもが今までの生活から切り離され、住んだことのない場所での生活を強いられること、夫が、子どもにお母さんのところに行くとお父さんとは会えなくなると言うなど子どもを動揺させていたこと、子どもがまだ9歳と7歳であることからすると、夫による子どもの連れ去りは、子どもの福祉に反するもの認められると考えられます。

 

また、夫が、別居した際のメモに「少しでも長く子どもと過ごしたい」と記載していることからすれば、夫も、自分が監護権者になれるとは考えておらず、夫による監護は一時的なものであることを自ら認めているともいえます。

 

そのため、監護権者としては、夫よりも優子さんがふさわしく、子どもの引渡しの審判が認められる蓋然性があります(認められる確実性が高いということです)。また、すでに子どもの福祉に反する状態になっていることから、保全の必要性も認められると考えられ、子の引渡しを求める保全処分は認められ、早急に子どもを取り戻すことができると思われます。

 

ただ、注意が必要なのは、いくら夫による子どもの連れ去りが子どものためにならないからといって、法的手続を経ずに、かつ、夫の了解もなしに強引に連れ戻してしまうと、連れ戻し行為が違法行為となり、かえって親権者の指定などで不利になる可能性があるので、可能なかぎり、強引な連れ戻しは控えることが望ましいといえます。

 

 

西村 隆志

西村隆志法律事務所 弁護士/事業承継士/上級相続診断士

 

本連載で紹介する事例はフィクションです(実際の裁判例は除く)。登場する人物・団体・名称等は架空のものであり、実在の人物のものとは関係ありません。また、本連載は2019年8月5日刊行の書籍『キッチリけりがつく離婚術』(東邦出版)の一部を抜粋・再編集した記事です。最新の法令等には対応していない場合もございますので、予めご了承ください。

財産分与・慰謝料・親権に強い弁護士が明かす キッチリけりがつく離婚術

財産分与・慰謝料・親権に強い弁護士が明かす キッチリけりがつく離婚術

西村隆志、山岡慎二、福光真紀、畝岡遼太郎

東邦出版

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