「米中関税合戦」、合意の兆しが見えたものの…
米中両政府は、実務レベルで通商に関する協議を重ねてきた。11月16日には、閣僚間で電話会談を行い、第1段階の合意に向け「建設的な議論」をしたとの表現で、協議が進捗していることが伝えられた。両政府は、中国による米農産品購入の時期などの細部の詰めや、知的財産の保護強化の公約などを話し合ってきたが、すり合ってきた点も多いということだろう。
中国側の発表では、閣僚級の電話会議が米国側の要請により行われ、中国からは劉鶴副首相が、米国からはライトハイザー米通商代表部(USTR)代表とムニューシン財務長官が参加したようだ。米国側も、第1段階の貿易協議が詰めの段階に入ったと説明しており、何らかの合意を取りまとめることで動いている点で、両者の平仄(ひょうそく)は取れている。ただ、協議では、最も難しく複雑な問題が残っていると漏れ伝えられてきており、交渉決裂の可能性がないわけではない。
振り返れば今年5月、米中の交渉が決裂する形で、関税措置の応酬に発展していった過程では、米中両政府とも互いの主張を譲らず、全面的な合意に達しないなら受け入れられないとして、協議が頓挫していた。ところが、現在の協議の目的は、第1段階の合意といわれるように、段階的かつ部分的なものである。今年前半までは、両国とも経済状況が、ここまで厳しくなるとは考えていなかったのだろう。
ところが、関税措置による両国経済への影響が大きく、両国では製造業を中心に景況感が大きく落ち込むようになってきた。これ以上の景気のダウンサイドリスクを回避したいとの意向が働き始め、通商協議に臨む両政府のスタンスが変化してきたと筆者は考えている。
しかしここへ来て、香港の混乱が米中通商協議に影響することが懸念される展開になってきた。
「香港人権法案」可決、トランプ大統領はどう動く?
米上院本会議は11月19日、香港人権法案を全会一致で可決した。この法案は、香港に高度の自治を認めた「一国二制度」が守られているかどうか毎年の検証を義務付ける。
また、香港の「基本的自由・自治」が損なわれた場合には、その責任を負う当局者に制裁を科す内容である。米国は「香港政策法」により、一国二制度を前提として、関税適用などで香港を中国本土とは別の地域と見なして、香港には優遇措置をあたえている。
米国共和党・民主党の幹部たちが言及しているとおり、この法案は、香港政府に反対しデモを続ける参加者を支援する意思を示し、中国政府と香港政府に、暴力的な制圧をしないよう圧力をかけることを目的としている。下院本会議も翌20日、上院が可決した内容で、香港人権法案を賛成417、反対1の圧倒的多数で可決した。
これで、次の注目すべき点は、トランプ大統領のもとに送付される同法案を、大統領が署名するかどうかに移る。
法案可決直後から、中国と香港は可決に強く反発する声明を出すなど、態度を硬化させている。中国外務省は、香港人権法案が成立すれば報復すると明言し、米国に対し、香港への介入をやめるよう求めた。香港政府も、同法案は「不要」なもので、米国と香港との関係や米国の利益に悪影響を及ぼすと非難し、極めて強い遺憾を表明した。
トランプ大統領が、同法案に署名し成立すれば、中国と対立することになり、前述の通商協議にも影響を与える可能性が出てくる。来年の米大統領選で再選を目指すトランプ大統領にとっては、貿易政策を巡る不透明感を払拭(ふっしょく)し、景気下支えを図るため、中国との合意を取りまとめることの優先順位は高いと考えられる。そのためか、共和、民主両党議員が同法案で行動を求めるなかでも、トランプ大統領は数週間、香港の騒乱に関して沈黙を守ってきた。
米中両政府にとっては、第1段階の貿易合意に向け交渉を進めていた重要なタイミングであり、米中貿易交渉の中国側責任者である劉鶴副首相も20日夜には、第1段階の合意に達することに「慎重ながらも楽観的」だと述べていたなかで、米国議会がこうした動きを見せたことは、中国政府の反発を招き、通商交渉での合意を妨げる形になる可能性がある。
両院の法案は、いずれも全会一致で可決されており、トランプ大統領が拒否権を発動した場合でも、議会には拒否権を覆す再可決をするに十分な支持があると推測される。同法案への超党派の支持は、トランプ政権の経済・外交政策に大きな影響を与えかねない。
長谷川 建一
Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) CIO