孤独死・独居死の相続案件をさらに困難にする、失踪者
このご時世、相続に関する仕事をしていれば、超富裕層に特化している人でもない限り、独居死・孤独死のケースに必然的に関わらざるを得ない。そんな孤独死・独居死の相続案件をさらに困難にしているのが、相続人のなかに「戸籍上は生きていることになっているにも関わらず、行方のしれない人がいる」場合…つまり、失踪者がいる事案だ。
弊所のご依頼のなかで、こんなケースがあった。
4人きょうだいのうち、長男Aさん(60代)が首都圏の閑静な住宅地の一戸建て自宅内で孤独死した。子供もおらずひとり暮らしだったため、発見されたのは死亡からおよそ2ヵ月後だった。唯一の親類は、同じ市に住んでいた高齢の妹のBさん。Bさんから話を聞くと、AさんBさんの兄妹は全員で4人。妹Cさんがいたが、生後まもなく養子縁組に出され、その後は一度も会ったことがないとのこと。また弟Dさんは、20年ほど前に都内の繁華街の飲食店勤務をしていたようだが、その後は音信不通とのことだ。
その後、弊所で弟Dさんの戸籍や住民票取得したところ、Dさんの最後の住所地は、独居死した長男Aさんの家だった。つまり独居死した男性の家に、もう1名行方不明の弟が、かつて居住していたことになっていたのだ。しかし、その弟Dさんの住民票も10年ほど前に行政により職権消除されていた。役場の職権により、住民登録が消されていたということだ。
その後、独居死した長男Aさんの自宅の遺品整理を発注する。弟Dさんの持ち物として発見されたのは、15年ほど前に最終記帳された残高は「3000円」。それも今は既に合併で名前の亡くなった銀行預金通帳1つだけ。その他、弟Dさんの所在・行方を示すものは何ひとつなかった。
亡くなったAさんの財産は、預貯金は500万円ほどと築40年以上経った小さな一軒家だけ。不動産についても、解体や測量などの費用を考えると不動産は1000万円も残らないだろう。だが、この一軒家を処分するのに弟が所在不明なことがネックになる。何故ならば、不動産の売却のためには前提として相続登記が必要となる、その相続登記のために必要な、相続人による遺産分割協議書に実印を押すことが不可能だからだ。
こうしたケースの手続きとしては2つ考えられる。
ひとつは家庭裁判所に不在者財産管理人の申し立てをする方法だ。この場合、家庭裁判所が弁護士・司法書士等を不在者財産管理人に選任し、行方不明の相続人が現れてくるまで財産を管理してもらう。素晴らしい制度だが、当然ながら不在者財産管理人となる弁護士等の報酬・費用がかかる。これは予め申立人が予納しなければならない。その費用は、相続人の数や被相続人の財産、業務の難易度により裁判所が判断するが、一般的には数十万から100万程度になることも。親族まで、行方不明はおそらくは亡くなっているだろう、というケースには馴染まない。
もうひとつの手続きとして考えられるのが失踪宣告だ。手続きは同様に、失踪した人の最後の住所地を管轄とする家庭裁判所に申し立てる。行方の分からなくなった最後の日から、7年の経過をした日に死亡したとみなされる(民法30条1項)。あまり聞きなれない手続きであるし、ひとりの人間を戸籍上とはいえ、死亡したとみなす効果のあるという、なかなかの重みのある手続きだ。抵抗を持つ方も多いだろう。しかし直近の家庭裁判所の資料を見ると、全国でおよそ年間2500件前後のペースで失踪宣告の申立てがなされている。手続きの途中で行方不明者が現れない限り、その大半が受理されているようだ。
そもそも行方不明者の住民票や戸籍は、行政(市区町村)が勝手に手続きをしてくれる、と思う方もいるだろう。ところがこの2つには大きな差異がある。
住民票は、各地方自治体の判断で簡単に消えるが…
意外にも住民票は、各地方自治体の判断で簡単に消える。市民税や固定資産税、健康保険料の滞納などが長期間にわたると、各自治体の職員が「実態調査」に赴く。一般的に、数年程度継続して居住や納税の実態がないことが調査でわかると、自治体の権限で「住民票」は消除されることが多いようだ。
その一方で「戸籍」については、基本的には消えることはない。このため「住所」はなくても「戸籍」がある、という人間が生じることになる。
戸籍は100才を過ぎて所在不明になると、その人の戸籍は国が消してくれる、などという話を聞いたことがある方もいるかもしれない。これは一部では正しく、一部では誤っている情報だ。
行政の戸籍実務において、100歳以上の高齢者で所在不明の方について、死亡した可能性が高い場合においては、市町村長が法務局長の許可を得て、その権限で死亡したものとし、戸籍から対象者を消除することが認められている。これが「高齢者消除」というものだ。家族が死亡したことを申し出ずに、年金の不正に受給し続けたケースなどが問題になり、この言葉を聞いた方も多いのではないか。
ただ高齢者消除は、あくまでも行政が戸籍事務を行ううえでの便宜的な手続きであって、高齢者消除によっては、いわゆる法律上の「死亡」の効果が生じない。つまり、「死亡」=「相続開始」の原因とはならないとされる。よって、仮に戸籍上で高齢者消除の手続きが仮にされていたとしても、相続を原因として不動産登記などの相続手続は原則することができないのだ(昭和32年12月27日民三発1384課長回答)。
つまり、失踪宣告により死亡擬制を得ない限り、どんなに小さな不動産でも相続手続を進めることは難しい。
「戸籍上死亡」になるまでは、手間も時間も必要に
話を最初の相談者の例に戻そう。この「戸籍上のみ生きている者」、この場合、弟Dさんのことだが、このDさんについても、相続手続上においては、失踪宣告を終えない限りは「生きた相続人」として扱わなくてはならない。当然、家族ですら行方を知らないので、実印や印鑑証明書など貰いようがない(そもそも住民登録がないので印鑑登録もできないが)。しかし、Dさんは生きた相続人扱いなので、この生死不明のDさんを何とかしなければ、いつまで経っても、そもそも孤独死・独居死をした長男Aさんの相続が終わらない。このように「戸籍上の生きた亡霊」を解決するのは、前述の失踪宣告しか方法がないといえる。
失踪宣告のデメリットとして挙げられるのは、期間がとてもかかることだ。経験上としては申立てや相続関係を疎明するための戸籍収集に1~2ヵ月、家庭裁判所の申立てから最初の面談日までに1~2ヵ月、その後、必ず官報に公告をしなければならない。この期間は6ヵ月と決まっている。官報掲載まで1ヵ月弱がかかり、この官報掲載から6ヵ月を経て、ようやく失踪宣告失が認められ、審判書謄本が家裁から送付される。これを失踪者の本籍地などの役所に提出することで、やっと戸籍上の死亡の扱いとなる。概ね1年弱はかかると思っていた方がいいだろう。
先述の独居死をされたAさん宅についても、風雨による木造家の痛みや雨漏り、隣接家屋の雑草の被害、また近隣からの防犯上の懸念などがあったが、上記の1年が経過するまでは売却はおろか、相続登記すらすることもできないので、弊所や相続人の方が度々管理に訪れることになった。こうした管理費用や、またAさん宅の遺品整理の費用も、相続人である妹Bさんが立替えで支払うほかなかった。その額は100万を超える。弟Dさんが「生きていること」になっているため、Aさん名義の銀行預金の相続手続きすらも、行うことができないがゆえだ。
結局、このAさんのケースの場合、妹Cさんの相続放棄、それと並行してDさんの失踪宣告を行ったが、Aさんの終の棲家となった小さな自宅を売却し、妹BさんがAさんの葬儀費用、自宅の解体撤去費用などを賄えたのは、Aさんの死亡から1年以上経ったあとだった。
こうした失踪宣告のケースは、弊所でも年に数件は相談や受任を受ける。今回のケースでもそうだが、子供のいない方が亡くなると、そのきょうだい(きょうだいが死亡している場合は甥姪)までが相続人となる。こうしたケースでもきょうだい全員が健在なときは表面化しないが、誰かひとり子供のいない方が亡くなると、その他の「戸籍上の生きた亡霊」である相続人が足かせとなり、相続手続き(特に被相続人の自宅不動産)が遅々として進まなくなるケースがある。
未婚率が上昇し続け、出生率も減少している日本では、今後もこうしたケースは増えていくのではないだろうか。家族(推定相続人)に行方不明者がいる場合、遺言も有効な手段となる。遺言で相続人もしくは受遺者を指定しておいて、相続手続に行方不明の親類を関与しないようにしておけば、とりあえずの相続手続の遅滞は避けられる、しかし日本では遺言を書く方はやはり少数なのが現状だ。
次回はなぜ日本では遺言がいまいち普及しないのか、実際のお客様の声を基に考察してみたい。
近藤 崇
司法書士法人近藤事務所 代表司法書士