相続のときに、トラブルの元になりかねない不動産の問題。司法書士である近藤崇先生が、バブル時代に購入した別荘・リゾートマンションが「負」動産になってしまうケースについて解説します。

相続で「誰も欲しがらない」地域の不動産とは?

司法書士として相続に関わる仕事をしていると、「またこの地域の不動産か」と頭を悩ませてしまう地域がある。司法書士がやっているので、別に相続で揉めているわけではないのだが、相続人の誰もがほしがらない、譲り合う、押し付けあう…。売却しようにも、そもそもタダでも売却できない。買い手が付かない。こんな不動産が近年増えてきたように思える。

 

お住いの方には大変申し訳ないが、いち司法書士の個人的な印象では、下記の地域の不動産の処分で、相続人が頭を悩ませるケースが多いように思える。


●房総

●伊豆

●湯沢

●那須・那須塩原

●富士五湖周辺

 

あらかじめ断っておくが、これらの地域が嫌いなわけでも、行きたくないわけでもない。観光やレジャーで行くなら素晴らしいところだし、実際に家族で行ったこともある。しかし、ことさら不動産の流通という面でいうと致命的だ。

0円でも売却できない!?「貧乏神」のような不動産

最近、弊所が遺言執行者を受任した案件で、印象的なケースがあった。

 

亡くなったのは90代の女性。夫はすでに他界しており、子どもがいなかったため、遺言がないまま亡くなってしまうと兄弟全員、兄弟が亡くなっている場合すべての甥姪が相続人となる。相続人が多すぎて収拾がつかなくなるため、生前に遺言書を作成しておいた。主な遺産はマンション1室の不動産と、3000万円ほどの預貯金だ。

 

ここまでは弊所の業務でも、よくある話だ。遺言の内容は、預金も不動産も全て現金化して、財産を比較的近しかった甥姪3人に3等分にして残すというもの。現金は30万でも3億でも3等分すればいいので、問題にならない。問題になったのは「不動産」だ。

 

この女性が所有していたのは、バブル期に不動産業者に勧められるままに購入したリゾートマンション。先述の地域にあり、コンシェルジュが常駐し、温泉などの施設もあるため、管理費はワンルームマンションに近い広さにもかかわらず、月6~7万円かかる。女性は老人施設に入っていたためほとんど利用はしていない。このマンションを持っているだけで、年間80万円ほどの出費となる。

 

またこのマンションが1棟だけでなかった点が、売却をより困難にする。1棟100室規模のマンションが10棟ほどが立ち並んでいるのだ。このリゾートマンションの売り物件だけで、常時数百室が市場に溢れている。5万円や10万円といった、不動産とは思えない価格が並ぶ。それでも買い手がおらず、売り物件は増える一方だった。

 

女性が亡くなり、遺言執行の業務に入ると、このマンションの厄介さが顕在化してくる。とりあえず売却価格を5万円で売りに出したものの、1~2か月様子を見たが売れる気配もない。

 

リゾートマンションを管理する会社に問い合わせても、ヤル気がまったくない。

 

「引き受けてもいいですけど、売れるかどうか分かりません。まず無理だと思います」

 

と、「分かるだろ?」と言わんばかりの対応を取られてしまった。30年前に自社で散々売っておいて、この言い草だ。

 

相続人とも面識があったので、相続開始から2か月ほど経ったあと、面談の場を設けた。預貯金はそれぞれ1000万円ほど受領ができる計算だが、とにかく不動産の現金化の目途が立たない。すると相続人の1人から、こう言われてしまった。


「先生、この貧乏神のようにお金だけ浪費する不動産を、自分の子どもたちに残すようならば、私は1000万円なんて要りません。相続放棄も考えないといけない」

 

相続放棄してしまうと、その他預貯金などの金銭の財産を受ける権利もなくしてしまう。このままでは、せっかくの故人の意思の具現化である遺言、お世話になった甥姪に残したいという意思を実現できない。つまり遺言執行者として職責を果たしたことにならない。

 

しかし5万円でも、いや、0円でも売れない物件をどうやって処分すればいいのか、途方にくれる。「多少の費用を用いてもいいか?」と尋ねたところ、相続人の方全員が「ともかくこの不動産と縁が切れて、マイナスにならなければいい。相続財産からお金を使ってもいい」という意見で一致した。

 

個人的に知人に声をかけても、0円でも買い手(貰い手)は現れない。市場に出しても、そもそも問い合わせすらない。かつて販売し、現在は管理している不動産会社も前述のようなありさまだ。個人的な知り合いのツテを辿ったところ、1社だけ、地元の不動産業者が話を聞いてくれた。

 

本来ならばタダでも買い取れないということだったが、「常識的には買主が負担する、部屋のリフォーム代を負担してくれるのなら、購入を検討してもいい」ということだった。

 

不動産がまず売却できないことを勘案し、負担するリフォーム代は110万。管理費用などの経費の1年分を超える額だ。これを売主が負担することを条件に、1万円で買ってくれる、という最早何がなんだかわからない売買契約になった。トータルでマイナス109万円の売買契約。

 

不動産を処分で100万以上使ってしまったが、代わりに相続人は、各1000万円弱の相続財産を無事に受け取ることができた。相続人からは、金銭が無事に振り込まれたことよりも、「この不動産を後の世代まで残さないですんだ」ことに涙を流して感謝されてしまった。こちらとしては多少費用をかけてしまっているので、何とも不思議な感覚だ。

なぜ「どうしても売れない」不動産が出るのか?

近年に亡くなる方は、バブル期に社会人の第一線として活躍し、資産を形成された方が多いため、自宅不動産のほかに、前述のような地域に別荘やリゾートマンションを持っているケースが少なくない。だが、なぜこのような問題が生じるのだろうか。

 

日本の民法は「土地は価値のあるもの」「ほしくない人などいない」ことを前提に作られている。土地に根付いてきた農耕民族であるが故に仕方がないのかもしれない。しかしながら、不動産の所有権も物権である以上、放棄する権利があると考えるのが当然であり、民法239条2項は「所有者のない不動産は、国庫に帰属する」と規定する。

 

しかし、現実的に不要な不動産につき、国ないし地方自治体が登記を引き取った例を私は知らない。実際にもケースは存在しないだろう。もし仮に、これを無条件で許してしまえば、過疎化が進む地方自治体にとっては、固定資産税を徴収できる対象不動産が減少し、自治体財政が破綻する可能性があるがゆえだろう。

 

不動産登記の実務では、法務省民事局の照会回答が判例のような機能を果たしている。昭和41年8月27日付民事甲第1953号民事局長回答を見ると、ある地方の神社が、がけ崩れの恐れがあり極めて危険な神社所有地につき、工事費用などとても負担できないため、国に登記を引き取ってほしいと照会した案件があった。しかし法務省民事局の回答としては、「不動産土地所有権を放棄はできない。よって登記はできない」とのつれない回答だ。

 

その他の高裁・最高裁の判例などでも、権利濫用などの法理を用いているものもある(平成28年12月21日広島高裁松江支部判例)が、所有権を放棄して登記名義を国に引き取ってもらう「登記引取請求権」を原則として否定している。

 

過疎地でも土地については、固定資産税も安いため、最悪塩漬けにしておいてもいいのかもしれない(近年では土砂崩れなどが起きた際、所有者の管理者責任を問われることを懸念してか、田舎の不動産所有権を何とか手放したい、という方の相談も多い)。

 

しかし問題は区分建物、つまりマンションなどの建物、多くはリゾートマンションだ。特に関東では、上記の地域にこうした物件が多く、市場では「貧乏神のような物件」が溢れかえっている。

 

相続は自らの意思でなく、上の世代の死亡により否が応でも相続人の立場にならなければならないことがある。本当の意味での「負」動産が出てきたとき、今後を見越して損切りに近いことができるか、あくまでも不動産を所有し続けるか…。読者の方も選択を迫られる日が来るかもしれない。
 

 

近藤 崇

司法書士法人近藤事務所 代表司法書士

 

 

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