ジニ係数を低くしている灰色収入の存在
中国は高成長によって貧困削減の面で大きな成果を挙げる一方で、所得格差は拡大の一途を辿ってきた。2013年1月、中国国家統計局は、約10年ぶりに、公表していなかった過去の値も含めて、所得格差の程度を示すジニ係数(注)を再び公表し始めた(図表1)。
(注)ジニ係数:所得の不平等の程度を示す代表的な指標。横軸に所得の低い人を順番に並べ、縦軸にその累積所得額の全所得に対する比率をとり、描かれる所得分布曲線と45度線との乖離割合を係数にしたもの。完全に平等の場合はゼロ、一人に全所得が集中している場合は1になる。国際的に、0.4以上になると危険領域で、社会不安が起こりやすくなると言われている。
【所得格差(ジニ係数)の推移】
国家統計局は2013、14年の記者会見で、長らくジニ係数を発表してこなかった理由について、以下のように指摘している。
①統計の精度に疑問が生じ、推計方法の改善を模索していたこと
②そもそもジニ係数はGDPなどと異なり、必ず公表しなければならない基本統計ではなく、推計方法や標本抽出などによって値が異なってくるものであること
統計局が発表した推計値に対しては、一般的に、高所得者の把握されていない隠れた収入を低く見積もりすぎているため、実態より低目に出ている可能性が高いとする指摘が、海外はもとより中国内でも多い。中国では、表に出る正規の給料だけ見ていてもあまり意味がなく、特に、公務員や大型国有企業の幹部らは、給料の形ではない様々なフリンジ・ベネフィットの恩恵を受けていることが公然の秘密になっている。
また現金収入についても、“白色収入”、合法的な正規の収入以外に、腐敗や汚職による非合法的な“黒色収入”、白色と黒色の中間である“灰色収入”が大きいと見られている。そして、これら黒色収入、灰色収入が、隠れた収入の大半を占めており、その把握も難しいというわけである。ジニ係数の推計にあたって、こうした所得の把握が正確に行われていないと、推計値は低目に出ているおそれが高い。
統計局の理屈にも一理?
隠れた所得の推計を専門にしている中国学者が、2013年に発表したところによると、11年の灰色収入は6.2兆元(GDPの12%)で、その多くは高所得者に帰属している。その結果、都市部で見た所得上位10%の平均収入は下位10%の20.9倍と、公式統計の8.6倍を大きく上回る。社会科学院の推計では、隠れた収入の80%は人口の10%を占める特権階級に属するとされている。
北京大学「中国民生発展報告2015」によると、12年のジニ係数は0.49と国家統計局の数値0.474を上回り、また保有資産でみたジニ係数は、95年0.45から2012年0.73に上昇。上位1%の層が社会の3分の1の富を保有する一方、下位25%の層は1%の富しか保有していない。家計調査や失業率推計で定評のある西南財経大学家庭金融研究センターの2014年調査では、13年に所得上位10%が社会の富の60%強を保有しており、ジニ係数は0.717だ。
ただ、隠れた所得の存在といったいわば社会的要因を横に置いて、中国のジニ係数の長期的推移を見ると、1978年からの改革開放、高成長の過程で格差が急速に拡大した後、2000年代半ば頃から高位安定している。国家統計局がジニ係数の発表を再開した際、ネット上では、「現実の感覚と大きくずれており、数値は信用できない」「統計局はオスカーのベスト編集賞を受賞すべきだ」「まやかしの数字で、おとぎ話の作者でも、このような数値を言う勇気はない」などの書き込みが少なからず見られた。
しかし同時に、批判が集中する2009年以降の格差縮小という結果について、ジニ係数の水準そのものの妥当性はともかく、傾向としては信頼できるとの見方も案外多い。中国において所得格差の主たる要因は都市と農村の格差だが、農村余剰労働力の縮小、農民工の賃金上昇で、この格差が縮小傾向にあることから、ジニ係数が低下傾向にあってもおかしくないという率直な評価である。
把握しにくい隠れた収入が大きいという中国の特殊な所得構造と、低中所得層に標本が偏っていることが、政府の推計値が実態より低目に出ている大きな要因ということかもしれない。国家統計局の調査では富裕層の標本が少なすぎる可能性、あるいは意図的に富裕層を少なくしてジニ係数を抑える操作が行われている可能性は排除し得ない。ただ元来、ジニ係数は基本経済統計ではなく、標本調査に基づく推計で、標本や推計方法の違いによって、異なる数値が出るのは当然という国家統計局の言い分も、それなりの理屈は通っている。