財務省OBで、現在、日本ウェルス(香港)銀行独立取締役の金森俊樹氏が、「中国経済の実態」を探る本連載。今回は、全国GDPと地方GDPとの「かい離」に焦点を当てたい。

全国GDPを上回る地方発表の地方GDPの合計値

各地方が発表する地方GDPの規模の合計値は、中央が発表する全国GDPを大きく上回っている。そのギャップは2014年、15年とも4.8兆元、全国4位の浙江の経済規模を大きく上回っている。

 

中央と地方のGDP統計が相矛盾するこうした傾向は“打架”、喧嘩現象と呼ばれ、中央と地方のGDPが分けて発表されるようになった1985年以降一貫して見られており、またその幅は拡大する傾向にある(図表)。こうした状況下、一時、地方GDPは廃止すべきだとの、本末転倒の極論まで見られた(全国全人代財経委副主任、各地域のGDP統計も中央で作成・発表すべきということなのか、そもそも地域別統計をなくすべきとの主張なのかは不明)。

 

【図表 全国GDPと各地方GDPのかい離】

(注)四捨五入の関係で、全国GDPと地方GDP合計の差額は、必ずしもかい離幅に一致しない。
(出所)央広網財経(2016年2月4日付中国広幡網)
(注)四捨五入の関係で、全国GDPと地方GDP合計の差額は、必ずしもかい離幅に一致しない。
(出所)央広網財経(2016年2月4日付中国広幡網)

統計水増しの可能性も

技術的な要因として、各地方が使用するデータと全国ベースのデータが異なる場合があること、地域をまたがる経済活動が増加しており、これが関係する省市区で重複して計上されていることが指摘されている。しかし国家統計局は“注水”、統計水増しの可能性があることも以前から認めている。

 

具体的には、地方政府が企業と結託して、あるいは単独で虚偽の数値を作成している場合があること、企業が同意しなければ、地方政府が統計数値を水増しすることは一般的には難しいが、一部地方政府は、勝手に企業が提出した数値を書き換えることまでやっているなどである(2014年1月29日付経済参考報、22日付環球時報など)。

 

 

特に、経済不振が続く東北部で統計水増しが頻繁に行われており、近年、中央紀律委員会監察部や審計署(日本の会計検査院に相当)が、たびたび吉林、遼寧、黒龍江の監査に赴き、不適切な事例が報告されている。吉林省人代財経委主任は「2010年末の第一汽車集団の資産総額が1725億元にすぎないのに、全省で毎年1兆元以上の投資が計上されている。毎年、幾つも一汽集団を設立する必要があることになる」とし、「報告通りに足していくと、東北部のある県の経済規模は香港を超える」と述べている。

 

また、遼寧省大連市経信委副主任は「2015年第1四半期、大連の工業生産は▼29.9%だったが、このうち価格要因が5%、需要要因が5%で、残りの約10%は水増し分を是正したことによる」、黒龍江工信部も「検査の結果、幾つかの投資項目では、少なくとも20%以上の水増しがあった。黒龍江が自主的にこれを是正するだけで、ここ1、2年は、年あたり、少なくとも100億元の投資減少となる」などと、問題があることを認めている(2015年12月10日付環球時報)。

 

重複計上も結局は、地方政府がGDPの数値を偏重し、少しでも関係する企業の数値を失いたくないために生じている面が大きい。ある地方幹部は「評価基準としてのGDPの重要性が弱まっているとはいえ、なくなったわけではない。地方政府報告では、まず冒頭にGDPの数値が記載される。また省市区のGDPランキングがどうなったかという議論もあり、GDPがなお重視されていることに変わりはない」としている(上記環球時報)。

 

近年、ギャップが対GDP規模比ではやや縮まっているのは、習近平政権がGDPで英雄を語る“以GDP英雄論”を否定し、地方幹部の成績評価にあたって、GDPを偏重しない姿勢を明示したことが、少し地方に浸透し始めたということかもしれない。

 

【補足】

2016年1月26日、GDP統計を始め中国の主要経済統計を発表する国家統計局の王保安局長(副大臣級)が、「重大な規律違反」(通常、賄賂や生活上の腐敗などを指す)の嫌疑で拘束され、中国経済統計に対する内外の疑念が増幅した。中国地元紙などによると(1月27日付文学城、30日付中国観察他)、王は財政部が長く、若い頃、項懐誠財政部長(大臣)の秘書をやっており、項の後任で部長になった戴相龍とも関係が深く、その戴は家族にスキャンダルを抱えている。李克強首相と同じ経済学の先生に師事し、「経済学博士号を持った珍しい学者肌官僚」「財政部時代の評価は高かった」とされる一方、「豪快な性格で、大酒飲みで有名だった」とも評されている。

 

海外メディアは、項、戴が何れもその後社会保険基金理事長に天下りし、基金にまつわる汚職事件にかかわっていることを暴露したことがある。また香港メディアは、王も基金の横領に加担していたとし、本件が党の上層部で秘密裏に扱われていると伝えている。王は直前、財政部でPPP(官民パートナーシップ)を手掛けており、民間や国有企業との癒着が起こりやすかったこともあり、中国内では、本件は統計局がらみではなく、十中八九、財政部時代の問題だとの見方が多い。混乱を避けるため、まずは昨年GDP統計の発表を終わらせてから拘束するタイミングを選んだのではないかと思われる。

 

なお地元報道によると(2月2日付中国新聞網、1月19日付新唐人他)、王の妻、霍肖宇は銀河証券の副総裁だが、王逮捕後、ほどなくこちらも連行された。銀河証券の幹部には、他にも河北省党委元書記の周本順の妻がいたが、周が昨年失脚した後、連行された。また、現常務委員劉雲山の息子劉楽飛も、一時期、銀河証券にいたことがある。

 

昨年1月、民生銀行行長が取り調べを受けたが、その際、多くのメディアが、民生銀行には令計画〈胡錦濤の側近で失脚したことで有名)の妻を始め、多くの高官夫人が「高官夫人クラブ」を形成、仕事をせず役職だけで高給をとっていることを暴露したが、銀河証券のケースはそれを思い起こさせる。劉楽飛と霍肖宇は銀河証券で短期間重なっており、交流があったと言われる。

 

劉楽飛は現在、中信証券の副董事長だが、昨年、金融腐敗汚職摘発の中で「停職交代問題」が伝えられ、中信証券はすでに同人が失脚していることを確認している。中信証券は総経理他多くの幹部が昨年逮捕されており、劉楽飛もすでに国外に出ることを制限されている(辺控)。これら一連の動きと王のケースが関係するのか否か、定かでない。

 

 

本稿は、個人的な見解を述べたもので、NWBとしての公式見解ではない点、ご留意ください。

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