過去10年以上、4.0-4.3%の範囲内で推移する失業率
中国の公式失業率統計は、国家統計局と人力資源社会保障部が共同で発表している城鎮(都市部)登記失業率である。これによると、失業率は過去10年以上、一貫して4.0-4.3%の範囲内で推移し、政府が毎年掲げる失業率目標値、4.5-4.7%以内が必ず達成されている。リーマンショック後に景気が落ち込んだ2009年でも4.3%までしか上昇しておらず、その後もほぼ4.1%で推移、成長率が7.4%と大きく減速した2014年の失業率は4.09%、15年も4.05%とほとんど変動がない(図表1)。このため以前から、公式失業率はまったく実態を反映していない、無意味だとの声が挙がっている。
【図表1 失業率推移】
公式失業率はそもそも、職を失い、労働関係部門に失業登記をした者を基にした行政上の概念で、市場の実態を反映した標本調査に基づくものではない。
主として以下のような問題が指摘されてきた。
①都市部のみが対象で、農村の失業が考慮されていない。
②失業登記を少なくするための操作が広く行われている。例えば、新卒大学生は失業状態が6ヶ月を過ぎた時点で、ようやく失業登記の資格が生じること、地方政府によっては、さらに登記にあたっての条件を細かく設定し登記を抑制している。原戸籍の場所でしか登記は受け付けられない場合も多い。この背後には、各レベル地方政府に、失業は“尴尬”、気まずいことで、中央からマイナスの評価を受けるという計画経済時代の古い観念が残っているためと指摘されている(2015年6月17日付華夏時報)。
③失業者の側にも、わざわざ登記をするインセンティブがあまりない。登記をする主な動機は、失業保険をもらうためと、新たな職の紹介を受けるためだが、失業保険にそもそも加入していない者が多く、また保険の適用を受けるためには最低1年以上の加入が必要である。職のあっせんのメリットを感じている者は、身体に障害がある者などを除くとほとんどおらず、多くはネットや知人、親戚などを通じて職探しを行っている。特に大卒者は、「幹部候補生」と見られていたものが、失業登記をすることによって「一般のその他大勢」と同じ扱いになってしまうと考え、登記をしたがらない場合が多い。
④いわゆる“下岗(シアガン)”は、実態上は失業状態だが、なお従業員資格は有しているので、失業登記の対象になっていない(“下岗”という呼び方も、「失業者」という言葉は避けたいという、失業に対する古い観念が影響している)。
⑤都市戸籍を有する男性16-50歳、女性16-45歳のみが対象で、農村から都市に流入しているが、都市戸籍を有しないもの(2014年時点、都市居住人口比率54.8%、都市戸籍比率35.9%の差から、約2.6億人と推定される、15年はさらに拡大している見込み、図表2)は統計の対象になっていないことなど、対象がきわめて限定的である。
【図表2 都市化率の推移】
進む調査失業率への移行
上記のような問題がある中で、シンクタンク等の推計が公式失業率を上回っている主たる理由は、“下岗”をどの程度把握し、失業に組み込んでいるかに依っており、失業率20%以上といった推計は、さらに農村に存在する余剰労働力も含めた場合と考えられる。当局自ら、実態は公表失業率統計と大きく異なることを認めた例も伝えられている。
温家宝首相(当時)は、2010年3月の発展ハイレベル論壇の席上で、失業者総数は2億人(農村を含めての数値と思われる)、生産労働力人口(60歳以上人口13.3%、0-14歳人口16.6%を除くと、13億人×70%=9億人)比22%にのぼると言及したことがある(2012年8月2日付和訊新聞)。
公式失業率への不信感が高まる中、国家統計局は2005年から年2回、標本調査を実施。また09年から31省都を対象に月ベースで調査を開始、13年からは65大都市にまで拡大、さらに15年7月からすべての地級都市、毎月約12万戸(これまでは4万戸)を対象に、1.5万人の調査員を動員して試験的調査を開始、16年から正式全国調査とする予定だ。すでにこうした標本調査に基づく調査失業率は不定期に公表されている(2014、15年、5.1%程度と、登記失業率よりやや高い水準になっている)。
登記制度を現状のまま維持していく意味があるのか、さらに調査失業率についても、なお基本的に失業を都市部の問題として限定的に捉えている点で、現行登記失業率と同様であることなど、問題は残しているが、調査失業率が公式失業率に取って代わる日は近いと見込まれ、またその経済政策上の意味は大きいと思われる。