仲が良かった兄弟…強い信頼関係が仇(あだ)に⁉
ある兄弟の話です。代々、卸問屋を営む実家は、近所でも有名なちょっとしたお屋敷でした。長男は父の後継ぎとして実家に残り、結婚後も妻を先に亡くした父と暮らしていました。一方次男は就職時に実家を離れ、結婚を機に郊外にマンションを購入。それぞれ幸せに暮らしていました。
兄弟は仲が良く、何でも言い合える間柄。また実家は兄が継ぐのが当然という空気があり、長男が実家に残り、次男は就職を機に実家を出る…というのは、自然な流れだったのです。
ある日、父が亡くなりました。自然と相続の話になりましたが、次男は長男に「俺は遺産はいらないよ。長男である兄貴が、全部継げばいいよ」と言いました。
遺産は実家含めて、結構な額になります。そのすべてを相続するというには、長男も気が引けました。「そういうわけには……」と長男がもちかけても、次男は「いいの、いいの」の一点張り。
「むしろゴメンな、面倒くさいことは全部、兄貴に任せちゃって。でも長男の宿命だと思って、勘弁してよ」
こうして、父の遺産はすべて長男が継ぐことになりました。それから数年後、悲劇が起きました。次男が急死したのです。
「ちょっと前にあった時は、あんなに元気だったのに……」
急に弟を亡くした喪失感は強く、長男はしばらく何にも手がつかない日々を過ごしていました。しかしトラブルは、そんな時にこそ起きるのです。ある日のこと、弟の妻が実家を訪れました。
「あいつの納骨以来ですね。少しは落ち着きましたか?」
「はい、おかげさまで。徐々にではありますが、落ち着きを取り戻しています。ところで、今日は夫の相続のことでうかがいました」
「えっ!?」
「まだ子供にお金がかかるのに、貯蓄はほとんどなく。保険で何とか育てていけるか、どうか。マンションは夫が亡くなったことで、残りのローンが無くなります。せめてもの救いです。ところで今日、お話したかったのは、別のことです」
「んっ、なんですか?」
「お父さんが亡くなった時、あの人、遺産を何ももらっていませんよね。それって不公平だと思いまして」
「それは、私とあいつで決めたことなんです。すべて私にと、あいつから言ってきたんですよ」
「それ、何か証明できるものはありますか?」
「証明……」
父が亡くなった時、法定相続人は長男と次男しかおらず、話し合いがスムーズだったため、遺産分割協議書等、書面の作成はしていませんでした。
「そのようなものは、作っていないんですよ」
「では、お父さんの時の遺産分割は法的効力がまったくなく、無効ですよね」
「えっ!?」
「本来、お父さんが亡くなった時に、夫も1/2は相続できる権利があったはずです。そして今度は夫が亡くなったので、相続できるはずだった遺産は、まず私が相続する権利があり、お兄さんにも……」
「ちょっ、ちょっと待ってください。少々難しい話になっていませんか?」
「いえ、私は夫が亡くなったので、相続できるはずだった遺産の話をしているだけです」
淡々と話す次男の妻。「面倒くさいことになったな……」と、今さらながら父の相続時にきちんとした手続きをしなかった自分を後悔し始めていました。
口約束の遺産分割協議は、のちのトラブルの原因に
遺産分割の方法はシンプルで、遺言書がある場合には、遺言書の通りに財産を分け、遺言書がない場合には、法定相続人全員での遺産分割協議によって遺産の分け方を決めていきます。
事例の場合、まず父の相続が発生した際には、長男と次男が話し合いを行いました。仲の良い兄弟は、口約束だけで遺産の分け方を決め、実行しました。その際は必要性を感じないまま、遺産分割協議書を作らずにいたことが、トラブルの元凶でした。
相続人の間で新たに相続が発生。その相続人(事例の場合、弟の妻)が登場し、口約束だけの相続に反対する。少しの労力を惜しむばかりにトラブルを招くことがあるので、相続時はきちんと書面にしておくことを徹底してください。
今回の事例では、少々自体が複雑に見えるので、整理しましょう。民法上、財産の分け方の目安として、法定相続分という割合が存在します。あくまでも目安なので、全員納得すれば法定相続分を無視しても問題ありません。
まず第1順位相続人の場合には1/2ずつとなります。たとえば相続人が配偶者と子供の場合です。子供が複数人いる場合は、1/2を子供の数で均等に分けていきます。
もし遺産を相続するはずだった子供が先に亡くなってしまっている場合には、その相続する権利は孫に引き継がれます。これを代襲相続(だいしゅうそうぞく)といいます。
第2順位相続人の場合には、配偶者が2/3、直系尊属が1/3となります。たとえば相続人が配偶者と両親が相続人の場合です。
第3順位相続人の場合には、配偶者が3/4、兄弟姉妹が1/4になります。たとえば、配偶者と兄弟姉妹が相続人になる場合です。兄弟姉妹が複数いる場合は、1/4を兄弟姉妹の数で均等に分けていきます。事例の場合はこれにあたり、次男の妻は3/4、長男は1/4の法定相続分が認められる、というわけです。
相続トラブルは、思わぬことが原因で起こります。口約束は法的効力が弱いので、親しい間柄だから書面で残す必要はない、とするのではなく、親しい間だからこそ書面で残すようにしましょう。
【動画/筆者が「相続後の手続き」をわかりやすく解説】
橘慶太
円満相続税理士法人