裁判で争われた「妻のへそくり」は相続税の対象か?
税金の世界には、いわゆるグレーゾーンが存在します。
このグレーゾーンがどのように認定されるかによって、支払う税金は何千万円、何億円と変わることがあります。そのため、このグレーゾーンの取り扱いを巡って、納税者と国税局との間で裁判になることがたくさんあります。
今回は、専業主婦のへそくりに相続税が追徴課税された判決について紹介していきます。この判決は、世の中の多く人に関係します
◆事件の概要
この裁判例は、平成19年10月4日に国税不服審判所で行われたものです(国税不服審判所とは、税務署の判断に納得のいかない納税者が、裁判をする前に、納得のいかないことを訴える場所です。ここでされた判決は、判決といわずに裁決といいます)。
・被相続人(亡くなった人)はAさん、相続人は妻のBさんと子供のCさんです。
・相続税の税務調査が行われ、へそくりとして貯めていた妻Bさんの郵便貯金が、すべてAさんの財産であるとものとして、相続税が追徴課税されました。
・相続人のBさんとCさんは、この内容に納得がいかず、国税不服審判所に訴えたのです。
[税務署側の主張]
「妻Bさん名義の郵便貯金は、次の理由から、実質的にはAさんの相続財産なので、追徴課税します」
・Bさんは、結婚時に持参金もなく、先代から相続した財産もない。そして結婚後も定職に就いて働いてはいなかったため、Bさんが自分でこのお金を捻出することはできなかったはずです。そのことから、Bさんの貯金の基となったお金は、Aさんが稼いだお金から形成されたと考えられます。
・AさんとBさんの郵便貯金の金額や詳細がすべて手書きで書かれてあるメモが税務調査の際に見つかりました。この字は、Aさんが生前中に残した日記帳の筆跡と一致しています。そのことから、このメモを書いたのはAさんであると考えらます。Aさんは自分の通帳だけでなく、Bさんの通帳も管理していた可能性が高いといえます。
・また、Aさんの口座とBさんの口座はまったくの同じ日に様々な手続きがされています。これは、AさんがBさんの通帳も一緒に管理しており、同じ日に2つの口座の手続きを行っていたからだと考えられます。
・さらに、Bさんは贈与税の申告をしたことはありません。
[納税者(妻B)の主張]
「これは、次の理由から、間違いなく私の財産であって、相続財産じゃないわ!」
・私(B)は、確かに定職に就いて働いてなかったけど、私の郵便貯金は、主人の了解を得たうえで、生活費をやりくりして、残ったお金をへそくりして作ったのよ!
・郵便貯金の詳細が書かれているメモは、ペイオフ対策として、主人と私(B)の二人で一緒に書いたのよ!
・主人の預金の解約日と、私(B)の解約日は、異なっているわ。このことからも別々に管理していたことは明白よ!
・贈与税の申告はしてないけど、主人の了承を得てへそくりしていたのだから、主人は私にお金をあげることを了承していたわよ!
[判決]
妻B名義の郵便貯金は、Aの相続財産として相続税を課税する
次の理由により、Bさん名義の郵便貯金は相続財産として追徴課税されました。
・妻Bは、Aとの婚姻時において、持参金や両親からの相続財産はなく、結婚後も、生活費に充てるために内職をしたことはあったが、定職に就いたことはなかった。
・郵便貯金メモの筆跡と、Aの日記帳の筆跡は同一であることから、このメモはAが単独で作成したものである。このメモと、Bの貯金の動きは、ほとんど一致していることから、Bの貯金はAが管理していたと認められる。
・BはAから生前贈与を受けたとして、贈与税の申告書を提出したことは一度もなく、生前贈与を受けていたという認識はなかったと認められる。
以上のことから、B名義の郵便貯金は、名義はBであるものの、実質的な所有者はAであり、Aの相続財産として、相続税を追徴課税するとされました。
名義ではなく、「真の所有者は誰か」が問われる
へそくりとして貯めてきた妻名義の貯金が、妻のものではなく夫の財産であるとして、追徴課税になったケースです。奥様が生活費の一部をへそくりとして貯めているケースは、実務上でも、非常に多いです。
相続税の税務調査で最も問題になるのは、名義財産(めいぎざいさん)と呼ばれるものです名義財産とは、名義人として登録されている人物と、本当の所有者である人物が、異なっている財産のことをいいます。
非常に極端な例を使って解説します。
たとえば、あたなが道端に停めてあるベンツがどうしても欲しかったとします。どうしても欲しかったので、あなたはついついボンネットにマジックペンで自分の名前を書いてしまいました。さて、あなたの名前が書かれたこのベンツは、あなたの物になりましたか?
なっていませんよね。ベンツにはあなたの名前が書かれていますが、本当の所有者はそのまま変わっていません。ベンツの本当の所有者を変えるためには、ベンツの持ち主に、「そのベンツください!」と交渉して、持ち主が納得してくれて、さらに、陸運局で名義変更の手続きをして、贈与税の申告もして、やっとあなたの持ち物になるわけです。名前だけ変えればいいというわけではありません。
このように、その物に書かれている名前の人物と、本当の所有者である人物が異なっている財産があるのです。これを名義財産と呼びます。
例が極端すぎるかもしれませんが、これが家族の間になると、このような現象が日本中で横行しています。本当はご主人が稼いだお金なのですが、それを奥様や子供の名前の預金通帳にいれて、「これは妻や子供の財産だ!」と主張しても、実は先ほどのベンツと同じように、名前を変えただけでは、本当の所有者は変わらないのです。
相続税申告をする際は、表面的な名義は関係なく、真実の所有者がその財産を持っているものとして、相続税が課税されます。今回、紹介した裁判例は、妻Bの郵便貯金が、名義財産と認定されてしまったケースです。
真実の所有者は誰なのか? この判断をする際には、次の3つのポイントが重要であると、こちらの判決ではいっています。
1.その預金の基となるお金をゲットしたのは誰か?
2.その預金を管理していたのは誰か?
3.生前贈与が行われていたかどうか?
まず第1の、「その預金の基となるお金をゲットしたのは誰か?」というポイントについてです。その預金の真実の所有者は、その預金の基となるお金をゲットした人だと考えるのが、基本的な考え方です。
そもそもですが、お金をゲットする方法というのは、その数が限定されています。どのような方法があるのか、少し考えてみましょう。
まず、お金をゲットするための第1の方法は、働くことです。働いて給与をもらい、自分で会社をしている人であれば、売上をあげるということです。
第2の方法は、お金をもらうことです。これは、生前贈与であったり、相続であったり、他の人からお金をもらうことです。
基本的には、この2つしかないはずです(宝くじに当たるとか、お金を盗むなどもあるかもしれませんが)。このことを踏まえると、妻Bが①婚姻時に持参金がなく、かつ、先代から相続した財産もない ②婚姻後、定職に就いて働いていたわけではない、ということを鑑みると、妻Bさんの郵便貯金の基となるお金をゲットしたのは、Bさんではなく、夫のAさんであったと認定せざるを得ません。
続いて、第2のポイントは「その預金を管理していたのは誰か?」です。その預金の真実の所有者は、その預金を管理し、自由に使うことのできる人だと考えます。ひと言でいうと、「単純に通帳の保管などをしているだけではダメ!そのお金を自分で自由に使おうと思えば、使える状況にあったかどうか」がポイントなります。
たとえば、夫から「妻の名前で1000万円の預金を貯めておいたからな。いずれ困ったときのために保管して置くんだぞ」と言って、妻に通帳を渡したとします。この時点で、通帳の管理は妻がすることになります。
しかし、その通帳を受け取った妻は「1000万円! 嬉しいわ! 明日、銀座にいってエルメスのバーキンを買って、ハワイ旅行の手配をするわね。ありがとうあなた」と言ったとします。
ここで、夫が「おいおいおいおいおいおい! このお金は、将来困ったときのために使って欲しいんだ。バーキンを買って欲しいから渡すお金じゃない。通帳は、没収だ!」と言ったとします。
もし、このようなことができてしまう状況下だったとしたら、通帳の管理や保管を妻に任せていたとしても、実際に通帳を支配していたのは夫ということになります。つまり本当の意味の管理は、妻ではなく、夫が行っていたことになります。
本当の意味で妻に預金をプレゼントするのであれば、妻がバーキンを買いたいと言った場合、それを止めることはできません。なぜなら渡した1000万円は妻のものです。妻が自由に使えないのであれば、それはプレゼントをしたとは認められないのです。
単純に通帳と印鑑とキャッシュカードを渡せばOKというわけではなく、見えない力によって、自由に使うことができない状況にあったとすれば、それは、もともとの所有者の支配下にあるということになります。
このようなことを調べるために、税務調査の際によく質問されるのが
「奥様。奥様のこの通帳に入っているお金は、全然使った形跡がありませんねぇ。使わなかったのには、何か理由があるのですか?」という質問です。
ここで、「あぁ。この通帳は、主人から使うなって言われていたので」などと言ってしまうと、通帳の管理は実質的には夫が行っていたという認定になる可能性が非常に高くなります。
この点を踏まえて、先ほどの事例を考えてみましょう。郵便貯金メモがAさんの筆跡である点や、AさんとBさんの預金がまったく同じ日に様々な手続きがされている点などを鑑みると、管理をAさんが行っていたと言われてしまっても、反論するのは難しいかもしれません(相続税の税務調査の際には、筆跡は非常に重要視されます)。
最後のポイントは、「生前贈与が行われていたかどうか」です。たとえ、夫が稼いだお金であったとしても、それを妻に生前贈与をしたのであれば、そのお金は妻のものになります。
ここでのポイントは、夫が生活費として渡したお金の一部を、妻がへそくりとして貯めた場合には、これが夫から妻への生前贈与になるのか?ということです。この点について、判決では次のように言っています。
つまり、生活費として渡したお金は、妻に対する生前贈与とは認められない、ということになります。
民法上、「生前贈与は、財産をあげる人があげますよ」と意思表示をし、「財産を貰う人がもらいますよ」という意思表示をして初めて成立すると定義しています。このことから、生活費として渡しただけだと、両者の認識の合致があったという意味では不十分なのです。
では、「生活費として渡したお金の残りは、妻にやる。好きに使ってよいぞ」と夫が言ったとします。これであれば、妻に対する贈与になりそうです。
しかし、残念ながら、このような渡し方でも生前贈与と認められないという別の裁判例があるのです(東京地裁昭和59年7月12日判決)。その判決では、次のように言っています。
「生活費の残りはお前にやる」という発言は、生前贈与には該当しないという判決です。贈与のような感じもしますが、これが判決なので仕方ありません(ちなみに、過去の判決が絶対に正しいというわけではありません。最高裁判決だって、変わることがありますから)。
このように、夫が稼いだ収入を生活費として妻に渡し、そのお金で妻がへそくりを貯めている場合には、生前贈与として妻に移転したと認定される可能性は極めて低いということになります。
◆まとめ
1.その預金の基となるお金をゲットしたのは誰か?⇒妻に収入がなかったので夫がゲットしたと認定
2.その預金を管理していたのは誰か?⇒郵便貯金メモなどから夫が管理していたと認定
3.生前贈与が行われていたかどうか?⇒へそくりとして貯めていたため、生前贈与はなかったと認定
以上の理由により、この判決は、Bさんのへそくりは全てAさんの相続財産と認定されてしまったのです。筆者のところにも、非常に多くの方から「私はずっと専業主婦だったのですが、主人の給料からちょっとずつ貯めたお金が2000万円くらいあります。これは相続税の調査の時、問題になりますか?」というような相談が寄せられます。
上記のような裁判例がある以上は、妻のへそくりは問題になってしまうと言わざるを得ません。ご主人が健在であれば、一度、ご主人の口座にすべてお金を戻すことも検討するべきでしょう(この流れが妻から夫への贈与と言われませんか? と質問されますが、妻の預金がどのように形成されたかを説明すれば、もともと夫の預金だったものを、夫の口座に戻すだけなので、問題ありません。ただ、専門家の監修のもとやっていただくことをおすすめします)。
「専業主婦の妻には財産を持たせないなんてひどいじゃないか」と思う方もいるでしょう。しかし夫婦の財産は、夫婦が協力して形成したものです。このことを鑑みて、夫婦の間における相続については、最低でも1億6000万円まで相続税を課税しない、配偶者の税額軽減という制度があります。この制度によって、残された妻の生活を保障しているのです。
とはいえ、生前中から妻の口座にもお金があった方が安心なことには変わりません。それであれば、多少、面倒ではあるかもしれませんが、1年に1回、夫婦の間でも贈与契約書を交わして、妻の口座に振り込んであげる。また110万円を超えるのであれば、贈与税の申告をすることが大事です。
【動画/筆者が「相続税対象になる主婦のへそくりについて」分かりやすく解説】
橘慶太
円満相続税理士法人