人生のピークが18歳…「高学歴だけど低収入」は親の責任か?

富裕層の家庭の多くが、子どもの将来を想い、受験をさせています。しかし、子どもが将来「稼げる人」になるためには、ただ闇雲に勉強させているだけではいけません。そこで本連載では、自身の子ども4人全員が中学受験に成功した林總氏(公認会計士林總事務所代表)の著書『年収1000万円 「稼げる子」の育て方』(文響社)より一部を抜粋し、令和時代を生きぬく子どもの育て方を解説します。

大学受験でもめがちな「学部選び」は子どもに任せる

大学受験で親が子どもにできる唯一のサポートは、子どもの意思や決断を邪魔しない、ということです。

 

親子のもめごとのもとになるのが、子どもの学部選びです。就職に不利といわれ、具体的な仕事に直結しにくい文学部や外国語学部などに子どもが進みたいと言った場合、「ろくな就職先がない学部はダメだ。将来の就職に有利な学部を選べ」と経済学部や商学部などをすすめる親も少なくないようです。

 

私自身は、公認会計士になろうと商学部を選びましたし、長男と三男は医者になりたいと医学部、なりたい職業が明確でなかった次男、四男はそれぞれが希望する学部に進みました。

 

子どもたちには「資格を取れ」とは言い続けてきたものの、もし彼らが違う道に進みたいと言っても、反対するつもりは毛頭ありませんでした。もし、なりたい職業があるのなら、それをかなえられる学部に行くのがいちばんです。また、職業に直結しなくても、「自分はこれが好きだ」という分野があるのなら、それを心ゆくまで学ぶべきだと私は思います。

 

特に就きたい職業が決まっていないうちは、教養を深められる文学部などを選ぶことは、決して悪い選択ではありません。その後、やりたいことやなりたい職業が出てきたら、転部したり、卒業してから大学院に入り直したりする道もあります。そちらのほうが、よほど人間としての厚みを増すことができ、将来の「飯のタネ」になるのです。

 

すぐ役立つ知識は陳腐化しやすく、すぐ役立たない教養はのちのち思わぬかたちで仕事に好影響をもたらします。もちろん、「ただ文学を学んだだけの人」にならないよう、親が仕事での活かし方を多少アドバイスしてあげる必要はありますが(それについては今後の連載でお話しします)、「経済学部に行けば就職に有利」といった親の安易な考えを押しつけることだけはやめたほうがいいと思います。

中学受験では子どもへの「説明責任」を果たそう

個人差はあるものの、普通の子どもの場合、小学5、6年くらいまではじゅうぶんな判断力があるとは言えません。逆に言えば、親がリーダーシップをとって導いていけるのは、ちょうど中学受験のころまでなのです。

 

●中学受験をする、しない

●どの塾に行くか

●志望校はどうするか

●合格したなかからどの学校を選ぶか

●塾通いや模試と日程がぶつかる習い事やスポーツはどうするか

 

こうした意思決定は、親が自分の見栄やエゴを捨て、「本当に子どものためになることは何か」を判断し、最良の選択ができるよう導いてあげなければなりません。

 

たとえば中学受験態勢に入ると、土日は模試などを受けるためにサッカーや野球などの練習に参加することが難しくなります。バレエやピアノも、通常のレッスンは続けられても、発表会に出るための特別な練習をする余裕はありません。

 

そのため、5、6年生になるとそうした活動をやめ、受験に専念する子もいます。問題になるのは、「親はやめさせたい」「子どもは続けたい」という場合です。

 

親が無理やりやめさせたことで、親子の関係がうまくいかなくなる家庭も少なくないと聞きます。わが家ではこうしたことはありませんでしたが、もし勉強よりスポーツに適性がある子どもがいれば、両立をすすめていたと思います。

 

やめさせれば「第一志望合格」という目先の結果は得られるかもしれませんが、長い目で見たときに「スポーツで得た力が将来のためになる」と親が感じ、子ども自身も両立を望むのであれば、そういう選択もありではないでしょうか。

 

反対に、勉強に専念したほうが、先々子どもにとってメリットが大きいと親が判断し、子どもも納得するのなら、スポーツはやめさせる方向で話をしたかもしれません。

 

これは、学校選びなどについても同様です。たとえば四男は、複数の私立と国立の中学に合格しました。最終的に選んだのは、国立大附属の中学です。大学入試のことを考えれば、ワンランク下でも受験対策の手厚い私立の進学校を選ぶ手もありました。

 

しかし、それこそ目先の大学受験よりは、受験対策には熱心でないけれど、多様な子どもが集まって豊かな友だち関係が築けそうなことなどを理由に、国立大附属をすすめたのです。

 

数年後、四男から「なぜ国立をすすめたの?」と聞かれたとき、私は前述のように理由を説明しました。すると「そうだったんだ。当時は、よくわからなかったから、親の言うとおりにしたんだけど」と納得してくれました。親が自分の意見やアドバイスを通すときには、「落ちたら恥ずかしいから」という親の見栄やエゴではなく、きちんとした「理由づけ」が必要です

 

子どもに説明を求められたら、「そんなことは子どもは気にしなくていい」などとごまかしたり、「お前は、親の言うことを聞いていればいいんだ」と子どもの意思を歪めたりしては絶対にいけません。

自分の子どもを「18歳がピーク」の人間にしたいのか?

50歳になっても、60歳になっても、学歴をひけらかす人がいます。

 

私はこういう人にお会いすると、とても残念な気持ちになってしまいます。学生時代の仲間と楽しかった思い出を語り合うのはいいものです。しかし、聞いてもいないのに、自分が出た大学名を口にするのは、どうかと思います。それは、その人の人生のピークが18歳だったことを告白しているのと同じだからです。みなさんは、自分の子どもを「18歳がピーク」の人間にしたいでしょうか?

 

「18歳がピーク」の人間にしたいか?
「18歳がピーク」の人間にしたいか?

 

最近では自分の出身大学より上のレベルの大学院に進学することを「学歴ロンダリング」といって、揶揄することがあります。大学院に進学し、さらに学びを深めたいと思うことが、なぜ揶揄の対象になるのか、私にはさっぱりわかりません。

 

これこそ、「18歳がピーク」であった人たちの嫉妬やひがみではないでしょうか。ロンダリング目的で進学する人も、もしかしたらいるかもしれませんが、どう考えても少数派です。私は2つの大学院で会計学を教えていますが、学生たちはみな目を輝かせて勉強に励んでいます。

 

大変失礼ながら、日本の親は、「人生のピークを18歳に持ってくるのがいちばん」と考えている人が多いように感じます。いい大学に入れば、すべてがうまくいくと考え、人生のピークが18歳にくるよう子どもの人生を設計してしまうのです。

 

自分の人生を振り返ってみると、人生でいちばん充実し、結果を出すことができたのは40代から50代にかけてでした。原価計算システムについての論文や、小説仕立ての会計本を書くうちに、それまで考えてきたことが体系的に整理できました。その勉強の成果で、60代の現在も本を書いたり、大学で教えたりしています。人生80年と考えれば、10代、20代のうちの差はたいしたことがない、と断言することができます。

「学歴」だけを武器に生きていくのはほぼ不可能

学歴は、日本の社会がつくったひとつの階層であり、たどりつくために努力が必要なことは確かです。統計的にも学歴と稼ぐ力には相関性があります。しかし、本当の意味での稼ぐ力のある人は、学校を踏み台にしてステップアップしていきます。学校はあくまで通過点です。

 

学校を踏み台にしてステップアップする
学校を踏み台にしてステップアップする

 

専門性のある職業につけば、学歴は助けてくれません。専門的な知識や経験があり、目的を達成することができるのならば、極端な話、どこの学校出身でもいいわけです。もちろん、学歴そのものが稼ぐ武器になる世界もありますが、猛勉強で「偏差値秀才」としてがんばってきたわが子を待っているのは、血で血を洗うレッドオーシャンです。

 

総合商社に就職を希望する名門大学生のうち、実際の内定者は20人にひとり、4%にすぎないといわれています。そして、就職できたとしても、大企業ならば役員になれるのは同期入社1000人のうちひとりほど。確率で言えば、わずか0.1%です。これは官僚になっても同じで、トップの事務次官になれるのは、同期のなかでたったひとりです。決して、「勉強をがんばれば一生安泰だよ」というラクな世界ではありません。

 

一部のトップ層を除いたほとんどの子どもたちは、いくらがんばって学歴を手に入れても、それだけを武器に生きていくことは不可能なのです。競争を勝ち抜いた先には、また競争が待っている、きわめて厳しい世界です。

 

私の中学・高校の同級生で、核融合の研究をしている友人がいます。高校時代、彼は生徒会で夜8時まで活動し、朝7時に学校に来ているという、ハードな毎日を送っていました。それなのに、成績はトップクラスで現役で東大に進学しました。「いつ勉強してるんだ?」と聞いたところ、不思議そうな顔で「だって、授業を聞いていればわかるじゃないか」と言うのです。

 

最近、彼と再会し、15歳のときに一緒に観に行った映画の話になりました。ドイツ映画だったのですが、私が覚えているのは女性のヌードシーンだけ。ところが彼は、ストーリーや物語の背景まで、すらすらと私に解説してくれたのです。50年前に一度観ただけなのに!努力せずとも、めちゃくちゃ頭がよいという人間が、この世には存在します。

 

「わが子を天才にするための本」がたくさん出ていますが、それは無理というものです。天才とは生まれたときから天才。普通の子は一生涯、普通です。ただし、普通の子も「稼げる力」を身につけることはできます。そのための武器が「資格」だと私は思います。

 

どんな景況でも、専門性のある仕事はある程度食べていくことができます。幸運にも興味と経験の幅を広げることができ、世の中により高い価値を提供できれば、人より少し多くお金を稼ぐことも可能です。学歴を競う偏差値秀才の世界でアップアップするよりも、「自分だけの限られた分野(でも確かな分野)」を見つけてブルーオーシャンで勝負させる。それが、子どもを確実に「稼げる子」に導く戦略ではないでしょうか。

 

「自分だけの小さい確かな仕事」を見つける力が、

 

① 土台となる専門性を身につける力

② 新しいジャンルを見つけ、開拓していくのびのびとした心

③ リスクを取り、挑戦する力

④ 最後までやり続ける、やり抜く力

 

というこの4つの「稼ぐために必要な」力です。

 

 

林 總

公認会計士林總事務所 公認会計士/明治大学特任教授

 

公認会計士林總事務所 公認会計士 明治大学特任教授(戦略管理会計、原価管理、経営分析、管理会計ケース)

昭和49年中央大学商学部会計科卒業。外資系会計事務所、国内監査法人を経て開業。経営コンサルティング、管理会計(主として原価計算)システムの設計導入コンサルティング、講演、執筆活動をおこなっている。 主な著書に『餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?』(ダイヤモンド社)、『正しい家計管理』(WAVE出版)、『ドラッカーと会計の話をしよう』(KADOKAWA)など多数。

事務所 東京都千代田区九段北4-1-1九段一口坂ビル2階
電話番号 03-3263-2533
FAX番号 03-3263-2886
E-MAIL  a1231wood@r4.dion.ne.jp

著者紹介

連載令和時代をどう生きる?年収1000万円「稼げる子」の育て方

年収1000万円 「稼げる子」の育て方

年収1000万円 「稼げる子」の育て方

林 總

文響社

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