内閣府の報告によると、2025年には、75歳以上の人口が3,677万人に達すると見込まれています。「老後を豊かに生きる」ために、本当に求められていることとは一体何でしょうか。本記事では、相馬中央病院で内科医として働く森田知宏医師が、「超高齢者の健康相談」について解説します。

高齢者が期待するのは「現在の生活を肯定されること」

筆者は相馬市の井戸端長屋(※)に毎月通っている。「健康相談」のためである。しかし、健康相談という名目だが、実際に住民の高齢者が期待するのは「現在の生活を肯定されること」であると気づいた。

 

※井戸端長屋…福島県相馬市にある共同生活型の災害公営住宅

 

よく聞かれる質問は、「食事はどんなことに気をつけたらいいでしょうか」や、「●●にいい食事はなんでしょう」だ。

 

しかし、高齢者に対してベストな食事というのはあまりない。健康にいいとされる食事や生活習慣の効果は、「10年後に心筋梗塞を発症する確率が下がる」など長期的に発揮されるものであって、短期的に体にいい影響があるわけではない。「長屋」の住民のような80歳を超える超高齢者にとって、これまでの食習慣を変更してまで健康にいい食事をとることをすすめるのは適切ではない。

 

超高齢者に大事なのは、その内容にこだわらず、食事をしっかりととることだ。なぜなら、タンパク質をはじめ多くの栄養素が高齢者では不足しがちだからだ。長屋では昼ごはんの配食サービスが行われているが、これも高齢者の栄養不足を少しでも防ぐための試みだ。「好きなものならなんでも食べたらいい」というのが、超高齢者に対して、医学的な観点からできるアドバイスだろう。

 

しかし、筆者がよく使う返答は、「これまで続けていた食事が一番いいですよ」というものだ。この回答に行き着いたのには理由がある。

 

長屋に住んでいる方で、とても健康に気を使っている80代前半の女性がいた。運動面では毎日欠かさず散歩を行い、万歩計で歩数をカウントしていた。食事面では、糖尿病リスクを下げるために白米の量を減らしていた。

 

実際のところ、彼女の年齢を考えると糖尿病の危険性は低いし、むしろ痩せ気味な体型であることを踏まえれば、少し食べる量を増やしたほうが健康的であった。そこで筆者は、「食事は特に制限しなくてもいい」という話をした。それに対して、彼女はこれまでの努力が無駄になったように思い、不安を感じたそうだ。実際はそんなことはない。彼女は年齢に比べると歩くのも早く、日頃の努力の成果は出ている。

 

彼女のアイデンティティは、実際の身体機能や認知機能ではなく、「食事に気をつけて毎日の散歩を欠かさない自分」にあったようだ。だから、その価値を否定されることを言われて、自分を否定されたと感じてしまったようだった。

 

※万歩計は山佐時計計器株式会社の登録商標です。

高齢者の生活は健康優先と限るべきではない

筆者が気づいたのは、健康に関する質問は、答えが知りたいわけではなく、本人にとっては自己肯定の確認作業に過ぎないということだ。欲しいのは正しい答えではなく、これまで自分がやってきたことへの肯定だ。

 

これは、高齢者の幸福(well-being)に重要な要素は何かを表している。身体的な要素、精神的な要素が幸福には重要だが、高齢者の幸福には、精神的な要素の影響が大きい。ドイツのGreifswald医科大学のWiesmann氏の報告では、健康を支える精神的な要素として、自己効力感(Self-efficacy)、自尊心(Self-esteem)を挙げている。

 

 

医師から自身の生活を認められることは、「適切な食事をとる」、「正しい生活を送っている」ことの高い自己効力感を形成することにつながると考えられる。高齢者の方が、「何を食べると健康にいいのですか」と聞く際は、特に自分の生活を変えようとも思っていないことが多い。したがって、医学的なアドバイスをしても行動が変わるわけではないし、むしろ前述のように不安をあおることになってしまう。結果、これまでの生活が間違っていないですよ、という意味で「今までの食事を続けてください」と返答するようになった。

 

医師として、医学的な正解を伝えないことに葛藤はあった。しかし、高齢者の生活が必ずしも健康優先であるべきとは思わない。それよりも、幸福な生活を送ることが優先だろう。したがって、あまりにも健康を害することが明らかな行動は除き、多くの場合は医学的な正解よりも自己効力感の形成に役立つようなアドバイスが適していると筆者は結論づけた。

 

いまの生活が間違っていないとお墨付きを提供し自己効力感につなげる、これが「健康相談」に期待されることなのだろう。

 

 

森田 知宏

医療法人社団茶畑会 相馬中央病院 内科医

 

本連載は、医療ガバナンス学会のメールマガジンを転載したものです。記載されているデータおよび各種制度の情報はいずれも執筆時点のものであり、今後変更される可能性があります。あらかじめご了承ください。

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