一度「法定後見人」をつけると外せなくなる⁉
一方で、家族信託Ⓡを用いない場合には、民法の範囲になり、不動産を売却するなどの行為を行うためには、後見制度を利用することになります。
後見制度には、「後見」、「保佐」、「補助」という3段階があります。今回は、「後見」について説明をしていきます(「保佐」、「補助」については、割愛します)。
大家さん本人が何も対策をせずに認知症になってしまった場合には、大家さんの資産を動かすことができなくなります。そのため、次のような対応が考えられます。
・大家さん本人の不動産を含めた資産を凍結させたままにしておく
・法定後見人制度を申し立て、法定後継人をつけることができる
大家さん本人の不動産を含めた資産を凍結させたままにしておくことは、本書では割愛します。実際には、不動産に関して、所有者の責任が出てきますので、放置させたままにできるかどうかはわかりません。そのまま放置するケースは少ないかもしれません。
法定後見制度を申し立て、法定後見人をつけることができます。法定後見人をつける場合にどうなるのか? 確認していきましょう!
法定後見の目的は、財産管理と身上監護です。家族信託Ⓡと法定後見のどちらにおいても「財産管理」と表現されています。法定後見における財産管理は、大家さん本人の財産の保護が目的と考えたほうが良いです。「保護」という漢字からわかるように、原則として、財産が減少するようなことは、行うことはできないということです。ですから、家族信託Ⓡと法定後見における財産管理は、まったく意味合いが異なります。大家さん本人が生活するために必要な最低限の費用を使うことができるにとどまると考えたほうが良いでしょう。
また、身上監護とは、法定後見人がついた大家さんの生活、療養、介護などに関する法律行為を行うことです。法定後見人がついた大家さんの住居の確保、施設等への入退所の手続、治療、入院の手続などが該当します。身上監護については、家族信託Ⓡにはない目的になります。
家族信託Ⓡと異なり、契約は必要ありません。むしろ、大家さん本人が何も対策をせずに認知症になってしまった場合を想定しているので、契約関係がない場合に使用するものであると考えるほうが正しい理解かもしれません。
それでは、法定後見人は誰になるのでしょうか?
平成28年1月から12月までに東京家裁立川支部において開始された後見等事件において選任された後見人等の割合は、[図表1]のように発表されています。
親族が法定後見人に選任されることが少ないということがわかります。法定後見人は裁判所が決めています。ですから、誰が選任されるかわかりません。大家さんの意思や家族の意思が反映されるとは限りません。実際には、反映されないということが多いようです。
法定後見人がついたとしても、財産の所有者は、本人のままです。ですから、不動産の所有権は、大家さん本人のままになります。
そして、大家さんとして、一番気になることとしては、相続税の節税対策や資産運用を行うことができるかどうかということでしょう。先ほども説明したように、法定後見における財産管理は、大家さん本人の財産を保護が目的です。相続税の節税対策を行うということは、大家さんの財産を減らす方向に行うものです。つまり、法定後見人がついた場合においては、相続税の節税対策を行うことは、不可能であると考えたほうが良いでしょう。
それでは、資産運用はいかがでしょうか? 資産運用は、資産を増やすために行うものですので、認められるのではないかと考える方もいるのではないかと思います。しかし、資産運用も認められないと考えるべきです。資産運用においては、100%資産を増やすことができるとは限りません。資産が減るかもしれないリスクを取る代わりに、資産を増やすことができるわけです。
たとえば、株式投資を考えれば、わかりやすいでしょう。株式を購入した後で、株価が下がれば、資産は減少することになります。必ず株価が上がるわけではありません。したがって、資産運用も不可能であると考えたほうが良いでしょう。法定後見人がついた場合においては、本当に資産を動かすことが不可能になると考えたほうが良いでしょう。
その代わり、法定後見人は、取り消しすることができます。これは、法定後見人であるからこそ、可能であることです。法定後見人を裁判所が決めるわけですから、裁判所が関与することになることは理解できるでしょう。
絶対に忘れてはいけないことは、一度、後見制度を使用して、法定後見人をつけてしまうと、本人が亡くなるか判断能力を回復するかのどちらかでない限り、法定後見人を外すことはできません。不動産を売却するためだけに法定後見人をつけ、不動産を売却し終わったら、法定後見人を外すということができません。
正直、大家さんにとっては、使いづらい制度であると言わざるを得ません。
また、大家さんにとって、不動産の修繕、原状回復など賃貸業を行ううえで、必須となる事項が簡単に行うこともできるわけではありません。賃貸業を続けるためには、入居者に入ってもらわなければならないわけですから、修繕、原状回復だけでなく、設備投資なども必要になってきます。
原則、大家さんが生活していくために必要である費用しか拠出することができませんので、賃貸業を続けるための費用を捻出することは難しいと考えるべきでしょう!
現在、賃貸住宅は、過剰に供給されている状態であり、空室率が10%を超える地域も数多く存在します。つまり、入居者が賃貸住宅を選ぶことができる状態です。修繕、原状回復、設備投資など不動産賃貸業にとって、最低限でも経営を行うことができる状況にない物件に、入居者が住んでくれるでしょうか? 大家さんやその家族は、何もできないのだから仕方ないと思うかもしれませんが、入居者にとっては、まったく関係ありません。管理会社も何もやってくれない大家さんの物件の管理をやろうとは思いませんし、入居希望者を連れて行こうとは思いません。クレームがくることは目に見えてますので。
大家さんとして、入居者が住みたいと思う住居を提供しない限り、今後の賃貸業は難しいと考えるべきです。法定後見人がついてしまった場合には、賃貸業を続けることは難しいと考えるべきでしょう! ですから、大家さん本人が何も対策をせずに認知症になってしまうことを避けるために、家族信託Ⓡを行うことを考えるべきです。家族信託Ⓡを行うことによって、関係する三者の皆が得をすることになります。つまり、「三方良し」です。
大家さんは、引き続き賃貸経営を行うことにより賃料収入を得ることができます。管理会社は、家族が引き続き、不動産の管理をすることにより、管理料を得ることができます。そして、入居者からのクレームにも対応することができます。
入居者は、快適な住環境で生活することができます。
三方良しは、近江商人の経営哲学であり、日本の多くの企業の根幹となる経営哲学です。大家さんとしては、家族が継続して賃貸経営を行うことができるように家族信託Ⓡを行うべきです。
「法定後見人」と「任意後見人」の違い
後見制度には、法定後見人の他に任意後見人というものがあります。
任意後見人も法定後見人と同様に「後見人」とつきますので、法定後見人とほぼ同じであると考えて構いません。
先ほど説明した法定後見人は、裁判所が選任し、大家さん本人が選任することはできませんでした。しかし、任意後見人は、大家さんが自ら決めることができます。本人自ら財産の管理を任せる人を決めることができるというところが、法定後見人との大きな違いです。
そして、任意後見人を決めるためには、財産を所有している大家さんと不動産を含めた資産の管理を任せる人(多くの場合、子ども世代の家族)との間で任意後見契約を締結する必要があります。家族信託Ⓡのところで説明したように、大家さん本人が認知症ではないときに、任意後見契約を締結する必要があります。家族信託Ⓡと異なるところは、任意後見契約では、決められた書式において、公正証書で作成することが決められていることです。
また、任意後見人の場合では、任意後見監督人が裁判所から選任されることになります。任意後見人が親族になったとしても、任意後見監督人が弁護士、司法書士などになることがありえるわけです。任意後見人においても、後見制度の範囲内のことしかできません。大家さんにとって、不動産の修繕、原状回復など賃貸業を行ううえで、必須となる事項が簡単に行うことができるわけではありません。正直、大家さんにとっては、賃貸業を家族に引き続き行ってもらうためには、使いづらい制度であると言わざるを得ません。やはり、大家さんとしては、家族が継続して賃貸経営を行うことができるように家族信託Ⓡを行うべきです。
信託契約時に入れ忘れてしまった財産や信託契約後になって新たに増えた銀行口座など、家族信託Ⓡですべてをカバーできていない場合に備えて、任意後見契約も締結しておくという方法も考えられます。