「信託」とは、個人が持っている財産を守りながら、それを人に預けることをいいます。具体的には、本人が自分で財産を管理することに不都合が生じた場合、人に財産を預け、預かった人がその財産の管理を行いながら、生じた便益を本人に渡してあげる仕組みを指します。本記事では、岸田康雄公認会計士/税理士が、相続の生前対策として有効な「民事信託」の基礎知識を解説します。

1:預かり敷金の取扱い

賃貸不動産には預かり敷金という債務が付いています。父親の受益権を長男に贈与する場合、不動産と債務をセットで贈与することとなり(負担付贈与)、その場合、不動産は相続税評価ではなく通常の取引価額で評価されます(平成元年3月29日負担付贈与通達)。

 

そのため、預かり敷金に相当する現金を同時に信託し、実質的に債務の負担がない状況としておかなければなりません。

 

[図表1]負担付贈与をさけるために現金を信託する
[図表1]負担付贈与をさけるために現金を信託する①
[図表1]負担付贈与をさけるために現金を信託する①
[図表2]負担付贈与をさけるために現金を信託する②

2:賃借人への通知

賃貸マンション・アパートを信託した場合、部屋の貸主が委託者から受託者へ自動的に移転するため、家賃の送金先の変更など、賃借人に通知しておかなければなりません。

 

その後、空き家に係る入居者の募集広告、建物の修繕など不動産管理の業務は、受託者の名義で発注することになります。また、受託者は不動産に係る固定資産税の納税義務者となります。

3:不動産所得から生じた損失

賃貸不動産の大修繕を行う年度には、決算で大赤字になるときがあります。個人で賃貸不動産を所有している場合は、不動産所得の損失をほかの所得と相殺することができます。

 

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しかし、賃貸不動産が信託されている場合、受託者に帰属する損失をほかの所得と損益通算することができません。それゆえ、大修繕は複数年度にわけて行うなど、単年度で赤字に陥らないように注意しなければなりません。

4:信託契約書サンプル

 

信託契約書

 

島津文弘(以下、「甲」という。)と、事業承継コンサルティング株式会社(以下、「乙」という。)は、以下の通り信託契約(以下、「本契約」という。)を締結する。

 

第1条(信託の目的及び信託財産)

甲は、本契約の締結日(以下、「信託開始日」という。)に、以下の目的により、下記財産を乙に信託し、乙はこれを引き受ける(以下、本契約に基づく信託を「本信託」という。)。

 

【信託目的】以下の信託財産を、受益者のために管理・運用・処分すること。

 

【信託財産】

①■■■

②■■■

③■■■

 

第2条(所有権の移転、引渡し)

甲は、信託開始日において、信託財産の権利行使を阻害する一切の制限及び負担を抹消して、完全な所有権を乙に移転する。

 

第3条(信託財産の管理・運用)

信託財産の管理、運用等については、本契約に別段の定めがある場合、乙が自らの裁量により行うものとする。

 

2.乙は、本信託の計算、配当金の交付、法定調書の提出、その他の信託の管理事務について、これを相当と認める第三者に委託できるものとする。

 

第4条(信託事務処理に必要な費用)

乙は、信託財産の管理に要する費用及び信託事務の処理に必要な諸費用(以下、「信託事務処理に必要な費用」という。)を信託財産から支払うものとし、信託財産が不足する場合には、受益者に対してその不足額を請求することができる。

 

第5条(受託者の注意義務)

乙は、信託財産の管理・運用・処分その他の信託事務について、自己の財産と同一の注意義務をもって処理する。

 

2.乙は、前項に定める注意義務を履行する限り、信託事務によって生じた信託財産の価値の下落(管理運営状態に起因する物理的または経済的な減価を含む。)または信託財産に係る収支の悪化その他の損害について、その責任を負わない。

 

第6条(受益権)

本信託の受益権の当初の受益者は、甲とする

 

2.乙は、本信託の受益権を証する有価証券を発行しないものとする。

 

第7条(受益権の譲渡、承継、質入)

受益者は、乙の事前の承諾を得た場合に限り、受益権を譲渡し、または質入することができる。

 

2.受益権の譲渡、相続・合併等による包括承継、受益者の変更その他の事由(以下、「譲渡等」という。)により受益者に変動があった場合は、受益者変更の手続きに要する費用は、受益権の譲受人または承継人(以下、「新受益者」という。)が負担するものとする。

 

3.本契約に基づき譲渡等以前の受益者が乙に対して負担した債務については、乙の受益権の譲渡等を承諾した時点における書面による免責がなされない限り、新受益者も連帯してこれを負担するものとする。

 

4.受益権の譲渡等があった場合、乙は、新受益者をして、本契約の内容を承諾させ、かつ、本契約に定める受益者の権利の制限及び義務について同意させるものとする。

 

第8条(金銭の運用方法)

乙は、信託財産に属する金銭を適当と認める方法により運用することができる。

 

第9条(信託の計算と報告)

信託財産に関する計算期間は、毎年1月1日から12月31日までとする。ただし、第1期の計算機関は、信託開始日から令和元年12月31日までとする。

 

2.当該計算期間の末日を各々の信託決算日とし、乙は信託財産に係る貸借対照表及び損益計算書を作成して、信託決算日から2ヵ月以内に受益者に報告しなければならない。

 

第10条(信託期間)

本信託の信託期間は、信託開始日から10年間とする。

 

第11条(信託の終了及び残余財産の交付等)

本契約は、以下の事由により終了する。

(1)信託期間の満了

(2)その他信託法に定める事由に該当する場合

 

2.本契約が終了したときは、乙は最終の計算を行い、受益者の承認を得るものとする。

 

3.本信託終了時の残余財産は、受益者に帰属するものとする。

 

4.信託の終了に関する費用および信託の終了後に支払いを要する費用は、すべて受益者の負担とし、乙は受益者に請求し、または信託財産から支払うことができる。この場合には、第4条の規定を準用するものとする。

 

第12条(届出事項)

甲および受益者は、次の各号の事由が生じた場合には、遅滞なく乙に届け出て所定の手続きを行うものとする。この届出が遅れたために生じた損害については、乙は一切その責任を負わない。

 

(1)氏名・名称、住所、代表者、代理人及び届出印鑑の変更

(2)信託契約書または届出印章の喪失

(3)その他本契約に関して重要と認められる事項

 

第13条(本契約に定めのない事項)

本契約に定めのない事項については、民法、信託法、その他の法令及び信義誠実の原則に従い、受託者及び受益者が協議のうえ決定するものとする。

 

第14条(管轄)

本契約に関して争いが生じた場合には、東京地方裁判所をもって第一審の専属的合意管轄裁判所とする。

 

以上、本契約を証するため、契約書正本2通を作成し、甲及び乙が各1通を保管する。

 

令和元年●月●日

委託者 (住所)●●●

島津文弘

 

受託者 (住所)●●●

事業承継コンサルティング株式会社

代表取締役 岸田康雄

 

 

岸田 康雄

国際公認投資アナリスト/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/公認会計士/税理士/中小企業診断士

 

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