EC市場拡大で、あらゆる荷物が物流倉庫に流れ込み…
自宅にいながらショッピングが楽しめるインターネット通販は、いまや私たちの生活に欠かせない存在となりました。なかでも世界最大級の有名EC企業では、品揃えが豊富で送料も無料、さらに目的の商品を購入すれば翌日に届くなど利便性も魅力です。地域を限定すれば当日配送も指定できます。この使い勝手の良さに慣れてしまうと、もはや実店舗に足を運ぶのが億劫に感じてしまうほどです。
しかしその便利さゆえに、ネット通販利用者が急増した結果、「物流」に大きな負荷がかかっているのも事実です。経済産業省によると、ネット通販の市場規模は2017年度に16兆5054億円となり、2010年度の約7兆7800億円の2倍強に拡大しました。
これに伴い、2016年度の宅配便の取扱量は前年度比7%増の40億1900万個(国土交通省調べ)に。これはネット通販が黎明期の20年前と比べ、約3倍の規模に匹敵します。また近い将来、宅配便の取扱量は年間60億個に達するとまでいわれているほどです。
この変化に悲鳴を上げている物流危機の舞台こそ「倉庫」です。EC市場の拡大で小ロット多品種の荷物が物流倉庫にどっと流れ込み、さらには翌日配送や当日配送が当たり前となり、現場の混乱に拍車がかかっているのです。
また、倉庫業の人手不足も深刻化しています。実際に、国土交通省は倉庫業に従事する20代以下の若年層の割合は2030年に15%まで減少する一方、50代以上の高年層が占める割合は35%まで増加すると予測しています。倉庫業は3K職場というイメージが先行し、若い人に敬遠される仕事になってしまっているのです。
さらに、倉庫現場の人手不足の背景には倉庫業の機能・サービスの多様化が進むとともに、倉庫自体の大型化や集約化が図られている点も挙げられています。都市郊外や沿岸部など、広大な土地が手に入るエリアに最新の巨大倉庫を建設するのがトレンドになっている一方で、住宅地からは離れているため、募集を出しても人が集まらない問題が生じているのです。
ネット利用の拡大で荷物量が増えているからといって、倉庫を一つにまとめて大型化すれば現場が楽になるのかといえば、そうではありません。むしろ倉庫の大型化・集約化は人手不足をさらに助長し、現場の負担が強まっているのです。
なぜ物流倉庫の問題は表面化しないのか?
現場の混乱が続いているにもかかわらず、なぜ物流倉庫の問題は表面化しないのでしょうか。それは〝倉庫作業は内実が分からず、また一般の人にとって興味のない世界でもあるから〟というのが、倉庫業を営む私の率直な思いです。
かつて、経営学者のピーター・ドラッカーは、流通(物流)を〝最後の暗黒大陸〟と称しました。暗黒大陸とは大航海時代のアフリカ大陸を指します。当時のヨーロッパ人はアフリカ大陸についての知識を十分に持っていなかったため、未開の地をそのように表現したといわれています。
ドラッカーは〝流通は経営学上の未開分野でビジネス的に将来性がある一方、誰もが流通の問題や可能性を理解していない〟と考えました。そのことを指摘するべく、歴史になぞらえてアフリカ大陸の俗称を引用したのです。
倉庫の場合、大きな建物の中でどれだけの人たちが働き、どのような作業をしているのか、外からはまったく見えません。そもそも興味がないので知ろうともしないでしょう。そのため倉庫で働く人たちが「これ以上の荷物を受け入れられない!」と叫んでも、その声が世間には届きにくいのです。本当の意味での最後の暗黒大陸は〝倉庫である〟と言っても過言ではないでしょう。
高度なノウハウを必要とする「荷役」作業
物流に携わっていない人が〝倉庫〟をイメージすると、薄暗い建物の中で荷物を保管している様子を思い浮かべるはずです。もちろんそういう倉庫もありますが、近年は保管機能にとどまらず、倉庫はさまざまな物流機能を担うようになってきています。
ここで物流の流れの全体像を見てみましょう。例えば、ネット通販で商品を購入したとします。「物流」は、消費者が商品を購入したその瞬間から動き出します。
まず、消費者の購入データは「情報システム」を経由し、商品を販売している業者に送信されます。そのデータを受け取った販売業者は、商品を「保管」している倉庫業者に出荷指示を送ります。その出荷指示を受けた倉庫業者は「荷役」作業を経て商品を出荷し、その商品を積み込んだ運送業者が購入者の元に「輸送」して、一連の物流機能は完了します。
「物流」と聞いて最初に思い浮かぶのは「輸送」のことでしょう。しかし実際の物流とは、「情報システム→保管→荷役→輸送」というモノの流れ、全体を指すのです(図表1)。
さらに近年は、倉庫作業の多様化が進み、商品の「包装」、あるいは値札付けや袋詰めといった「流通加工」も、倉庫の物流機能に組み込まれるようになりました。
この流れのいずれか一つでも滞ってしまえば、目的の商品は指定の場所や日時に届かなくなってしまいます。送電線が切れれば停電するのと同様に、物流が電気、ガス、水道と並ぶ社会インフラと呼ばれる所以です。
「情報システム→保管→荷役→包装→流通加工→輸送」という6つの物流機能のうち、倉庫内で主に行われるのは「保管」「荷役」「包装」「流通加工」の4つです。
さらに倉庫業者の中には、社内にSEを抱え、独自の倉庫管理システム(情報システム)を構築しているケースもあります。そうなると、全6つの物流機能のうち5つの機能を、倉庫が一手に担っていることになります(図表2)。
物流機能の大半を占める倉庫作業の中でも、とりわけ高度なノウハウを必要とするのが「荷役」作業です。荷役とは、商品の入荷や出荷、ピッキング(商品を取り出す作業)、仕分け、積み付け(限られたスペースに、効率よく荷物を配置すること)、積み下ろしなど、複雑多岐にわたります。
この荷役作業に付随して、荷物を保護するため、必要に応じて「包装」処理を施したり、荷主のニーズに応じた値札やラベル付け、商品の袋詰め、ギフトや福袋対応のためのセット組みといった「流通加工」の作業を行ったりもします。
倉庫=長期保管というイメージからは想像のつかないほど、実際の現場では高度な処理能力を要す作業が、日々行われているのです。
その物流倉庫をめがけて、爆発的に増加し続けている荷物がどっと流れ込んでくることを想像してみてください。大量の荷物を効率的にさばいていくためには、荷役作業を効率化しない限り現場はパンクし、さまざまな問題を引き起こすことになります。
倉庫が扱う荷物量が増えたことで、現場でどのような問題が起きるのか。その具体的なケースは第3回目の連載で詳述しますが、共通しているのは過酷な労働環境の中で作業員を酷使するしかないという実態です。
物流危機の根本原因は「BtoC」ルートの急速な発達
物流危機の原因は「EC市場の拡大によって、小ロット多品種への対応が増えたことにある」とお伝えしてきました。もちろん荷物量の増加も物流の負荷を強める大きな要因に違いはありませんが、実は物流危機の根本原因は別にあります。
それは、ECの普及で消費者と直接つながる時代になったことで、企業から個人(BtoC)という物流ルートが急速に発達したことです。
インターネット通販が普及する以前の商流は、川上のメーカーから川中の商社や卸問屋を経て、川下の小売店にモノが流れるルートが一般的でした。消費者のほとんどが小売店に足を運んで買い物をしていたのです。
その中で唯一、「販売物流」に限っていえば、昔から「企業―個人間(BtoC)」の物流ネットワークがありました。ただし、それはカタログ通販やTVショッピングなどであり、物量全体に占める割合は高くなかったのです。
ところが、ネット通販が急拡大したことで、「販売物流」の中でも企業から消費者に直接荷物を運ぶ件数が、爆発的に増えました。その結果、小売り主体の「企業―個人間(BtoC)」という物流ネットワークが急速に発達してきたのです(図表3)。
山田 孝治
株式会社三協代表取締役社長