追加関税は見送られたものの、通商協議は長期化へ
6月29日、トランプ米大統領と習近平中国国家主席がおよそ7ヵ月ぶりに会談し、5月8日以降、進展のなかった通商交渉を再開することで合意した。加えて、米国側が予定していた、中国からの輸入品に対する約3000億ドル相当の追加関税実施も、見送りが発表された。
本連載第119回で書いたとおり、今回の合意は、先週24日に行われていたライトハイザー米通商代表部(USTR)代表と劉鶴中国副首相による電話会談でほぼ握っていた内容に沿ったものである(関連記事『「米中関税合戦」は休戦へ…FRBは予防的な利下げも視野に』参照)。このところ減速感の出てきた米国経済指標を考慮すると、米国側も、問題をエスカレートさせるより、交渉のテーブルに着いて、果実を得る道を探ったほうがいいとの判断が働いたのだろう。
また、米民主党の大統領選候補者ディベートが注目を集め始めている。立候補を表明したトランプ大統領には、中国との関係を改善し、成果として主張できるポイントを稼いでおきたいとの思惑もあろう。
中国も、輸出品3000億ドル(約32兆1500億円)相当への関税賦課は、かなりの影響を覚悟しなければならず、それを先送りとはいえ、当面回避できることはプラスである。加えて、米国による中国からの輸入品への関税上乗せをきっかけに、エスカレートしてしまった報復関税の応酬を一旦落ち着かせ、通商交渉を再開することは、大きな意味がある。
貿易摩擦・関税合戦の長期化は、米中両国経済のみならず世界各国の企業活動に影響を与え始めており、世界経済の成長を減速させるリスクを増幅させることにならざるを得なかった。今回の通商交渉再開は、世界の金融市場の不透明感や不安をいくぶんか和らげることになるだろう。
なお、習主席は首脳会談で、米国が通信機器大手ファーウェイに対する締めつけを強めていることを念頭に「米国側が中国企業を公平に扱い、両国企業の貿易や投資における正常な協力を守るよう望む」と発言したと中国新華社通信は伝えた。これを受けて、トランプ大統領も同社製品の禁輸措置などを解除することに言及した。具体的な解除の範囲などは、早期に話し合われるそうだが、この点に関して、中国政府はうまく米国側の譲歩を引き出したといえるだろう。
ただ、今回の米中首脳会談で、通商協議について具体的な合意があったわけではない。今年1月から5月に行われていた閣僚級協議などを経なければならず、しかも両国の主張にはいまだ隔たりがあるため、そう簡単に合意に至るとは予想しがたい。特に、中国が国内企業に対して手厚くしている「補助金」や「助成金」などは、公正な競争を妨げるとして米国は猛反対しているが、国内の利権の壁や産業振興を政府の目的とする中国政府にとっては、そう簡単には手をつけられるものではないだろう。
習主席のG20スピーチ内容は概ね米国側の要求と合致か
米中間では、二国間の通商問題について、方向性や大項目では擦りあっているものと考えられる。習主席は、G20でのスピーチで、中国が今後の重要な経済政策について以下の点を挙げている。
① さらなる市場開放。
②輸入拡大。関税率の自主的な引き下げ。非関税貿易障壁の解消。
③ビジネス環境の継続的な改善。知的財産権保護の質をより高める。
④中国国内での外資参入制限以外の待遇を全面的に撤廃する。
⑤経済貿易交渉を推進する。(⑤は、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)や欧州連合(EU)との投資協定、日中韓の自由貿易協定(FTA)を指す)
これらは、⑤を除いて、いずれも米国側が通商交渉を通じて求めていることに合致している。中華人民共和国国家発展改革委員会(NDRC)は早速30日に、外国からの投資に関する規制の対象分野を従来の48から40にする緩和措置を発表した。
さて市場への影響だが、短期的には、危機が回避されたことで、ややリスクオンの雰囲気が醸成されるだろう。ただ、米国債券市場を見ると、FRBの予防的利下げへの期待から、かなりの金利低下を織り込んでいることも確かである。リスクオンとなれば、債券利回りは上昇に転じるだろう。そうなると株価の足取りは重くなり、ダウでの史上最高値の更新は視野に入っているものの、手放しで買い進む参加者は少ないのではないか。為替市場では、ドル円、ユーロドルとも、米ドル金利の低下を見て米ドルが弱含む局面が6月はあったが、金利水準の訂正が起こるとすれば、米ドルの反発局面に入る可能性を見ておきたい。
長谷川 建一
Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) CIO