米連邦準備銀行(FRB)は、6月18〜19日に開催されたFOMC後に声明で「景気拡大を維持するため、適切な行動を取る」ことを発表した。加えて金融政策について、前回までのFOMC声明で記載されていた「忍耐強く」対処するとの表現は削除され、必要ならば利下げも辞さないことを明言した。Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence BankのCIO長谷川建一氏が解説する。

先行き不透明感から製造業では企業活動が鈍化

パウエルFRB議長も記者会見で、景気拡大のために適切に行動することを確認した。市場では、これを今年内の利下げを示唆したものと受け止め、長期金利は低下した。

 

今回の声明の表現の変化からは、FRBが4月末に行われた前回FOMCから景気見通しを、明らかに変えたことがわかる。この2ヵ月弱の間に、FRBの見通しを大きく変えた要因は何だろうか。パウエルFRB議長が記者会見で主な要因として挙げたのは、やはり通商・関税問題である。

 

米国の主要な貿易相手国は、金額ベースでみると、1位は中国、2位はメキシコである。まず、中国との通商協議は合意間近と言われた4月の雰囲気からは一変し、5月8日以降進展していない。特に、中国の国内企業保護策を巡って両国の隔たりが大きいと伝えられている。これを不満として、米国は5月10日から2000億ドル相当の中国製品に対し関税を25%に引き上げた。そして、中国も米国に対して報復関税を課している。トランプ大統領と習近平国家主席がG20大阪サミットの機会に会談することが予定されているが、通商問題で何らか合意ができなければ、米国はこれまで関税を課していない約3000億ドルの中国製品にも25%の関税を適用する準備に入っている。

 

米中の問題は関税だけではない。ファーウェイ社製品の米国政府関連機関からの締め出しなど、米国政府のみならず、米国議会も、中国を敵対相手とみなし、覇権を争う対決姿勢を強めている。今後、大統領選挙と議会選挙を控え、米国が態度を軟化することは考えにくい状況である。

 

 

米国は、メキシコに対しても、5月30日に弱腰の不法移民対策を理由に、関税カードを振りかざし、対応を迫った。両国は6月7日に、移民問題に関して合意し、関税の発動自体は止められたが、メキシコが合意に従い、対策を履行できない場合には、関税を発動する意向である。

 

関税措置によって、企業の先行き不透明感は増大している。貿易の停滞懸念は、設備投資計画や企業活動を鈍化させている。FRBがFOMC前に企業に対して行っている調査では、企業は貿易環境への不安感を強めていることも、懸念材料であるらしい。実際に、企業の設備投資は今年に入って、減少に転じているだけでなく、第2四半期には、一段と縮小する見通しが示されているである。一連の米製造業活動に関する調査でも、業況拡大ペースは2015年以降で初めて低調になっている。

 

このことがパウエル議長をして、「米国経済の見通しはなお明るいがFOMC参加メンバーは、投資環境と企業心理の悪化からリスクが増しているとの判断に傾いている」との発言をさせているのである。

米国経済のメインエンジンである消費は堅調

上述の通り企業の設備投資や生産活動は、やや心許ない部分が出てきているが、米国の国内総生産(GDP)に占める割合は12%に過ぎないことも事実である。消費大国といわれる米国の実態は、消費がGDPに占める割合は68%(因みに他は政府支出が20%)と、米国GDPのメインエンジンは個人消費であることを見落としてはならない。FRBも、雇用や消費に好材料があることも認めている。

 

雇用統計では、非農業部門雇用者数(5月)では伸びが弱まったが、直近3カ月でみると雇用は毎月15万1000人増のペースで、生産年齢人口の伸びに見合うとされる毎月10万人よりも増加ペースは上回っている。雇用が順調に増えていることから、5月の小売売上高は増加し、4月分も速報値から上方改定されるなど、消費はなお上向いていることがうかがえる。堅調な消費は、サービス業の支えとなっており、米供給管理協会(ISM)調査(5月)ではサービス業が堅調なペースで拡大していることが示された。

催促相場の様相だが、利下げ判断は難しい

前回のFOMC議事要旨では、「金利誘導目標の決定に対する辛抱強いアプローチは、現状で適切であり、引き続きしばらくは維持される公算が大きいとの意見を多くの参加者が表明した」と記され、この時点では利下げの必要性を認める委員はいなかった。しかし、今回のFOMCでは、17人の委員のうち7人が年内に政策金利を0.5%引き下げ、もう1人が0.25%の引き下げが適切との見方を示したことが明らかとなった。これを受けて、金利先物市場では、年末までに金利にして0.75%の利下げ幅を織り込んだ。10年米国債利回りは2.00%を割りこむ水準まで買い進まれた(利回りは低下)。

 

ただ、米国の消費に陰りの見えない中、FRBが思い切った利下げを果断に判断できるだろうか? 関税の物価に与える影響も慎重に判断する必要があるだろう。関税は、貿易量の減少を通じて景気の足を引っ張り、中長期的に物価を下げる圧力にはなり得るが、関税分が製品価格に転嫁されることで、直接に物価の上昇要因になるという側面もある。足元、インフレの心配はないというが、物価の番人である中央銀行が、片眼をつむって、利下げを判断できるだろうか? FRBのかじ取りは非常に難しい。

 

米国債券市場は催促相場の様相を呈している。ただ、これだけ幅の利下げを既に織り込んだ市場は、今後の金利低下余地は、それほど大きくないのではないだろうか。一方、株式市場では、経済状況を不安視していると言いながら、FRBによる予防的な利下げ期待から経済は下支えされ、やがてリスク資産買いに繋がるとのシナリオも見え隠れしている。実際に、米国株式市場は、過去最高値を視野に入れた水準を維持したままである。為替相場では、米ドル金利の低下から米ドルは下落しているが、これだけ金利の低下を織り込んだところからの低下余地は限られる中、リスクオンのシナリオが浮上すれば、円高も進みにくく、進んでも値幅は大きくならないと見る。

 

いずれにしろ、来週は、米中首脳会談の結果待ち、特に影響の大きいと予想されている、中国からの輸入品3300億ドル相当分への25%の関税が実施に傾いていくのか、見送りとなるのかどうかに注目せざるを得ない。

 

 

長谷川 建一

Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) CIO

 

 

本稿は、個人的な見解を述べたもので、NWBとしての公式見解ではない点、ご留意ください。

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