中国経済にとって厳しい重しになるとの見方が強まる
中国・CSI300インデックスは、米中協議が無難に決着するとの楽観的な見方や、中国政府の財政出動による景気底入れの可能性も織り込み始めていたため、4月19日に高値4120ポイントをつけていたが5月9日には3599ポイントと13%程度下げ、17日は3648ポイントの水準にある。人民元は、5月6日には対米ドルで6.76人民元台だったが、5月17日には6.91人民元台へと、2%超下落した。
いずれも、市場では、既に追加された関税措置に加えて、3300億ドル余りに及ぶ中国からの輸出品にも25%の関税を賦課すると準備に入ったことが、中国経済にとって厳しい重しになるとの見方が強まっていることが下落圧力になっている。3300億ドルに及ぶ中国製品に課税するということは、米国が中国から輸入している輸出品目すべてに課税することを意味する。これまで関税の対象になっている製品は消費財関連は除外されていたが、すべてあまねく課税対象となることで、経済への影響は非常に大きくなると受け止められている。
昨年も、米中関係が緊迫化したり、中国経済の先行きが危ぶまれたり、関税合戦がエスカレートしたりすると下落圧力を受けた。昨年10月29日には、1米ドル=6.9575人民元まで下落した局面があったし、中国株も当時は、3070ポイント水準にあった。その後、昨年12月1日の米中首脳会談で追加関税の引き上げ先送りが決まった際は上昇に転じ、今年1月の相場急落はあったが、4月にかけては、米中通商協議の合意が近いとの報道を意識し堅調に推移してきた。 中国株・人民元とも、中国経済の成長を左右する通商協議次第ということは否定できない。
関税合戦の次のカードは為替操作か?
人民元相場にとっては、政治的な要素を見込まざるを得ない。それは、1米ドル=7.0人民元という水準が、過去に、中国政府が為替介入や金融政策手段を通じて死守してきた水準だからである。昨年10月も、そうであったが、1ドル=7元を超える元安を中国政府が阻止するかどうかに注目が集まる。
今回の関税引き上げで、中国製品の価格は関税分上乗せされ上昇することになるが、通貨安(人民元安)になれば、人民元の下落分だけ米ドル建ての価格は安くなり、関税引き上げ分を相殺することになる。中国の対米輸入量は輸出量には遠く及ばないため、関税合戦に挑んでも米国に与える影響は大きくない。従って、関税合戦以外の手段に出るならば、通貨安誘導で米国の関税カードの効果を減殺するという行動に出るとの見解がある。
確かに、人民元安は、関税引き上げの影響を一部相殺できる手段であるが、人民元の信頼感には長期にわたって悪影響が及ぶことになるだろう。他国が人民元を保有するインセンティブを失わせる人民元の価値の下落を、中国政府が容認すれば、人民元保有に対するリスク認識が広がり、資本流失にもつながる怖れが出てくる。
資本流出は、中国経済の安定が損なうことになる。加えて、中国政府にとって、人民元の国際化は長年掲げてきた重要な政策目標であり、一帯一路構想も、中国をあげての国家プロジェクトとなっている。人民元を保有することに疑義が生じれば、多額の資本を必要とする一帯一路構想にも長期的なダメージを与えかねない。
従って、筆者は、引き続き、1米ドル=7.0人民元という水準を下回って人民元が下落することを中国政府が許容するとは予想していない。ロイターも17日、中国政府関係者の話として「7.0人民元を超える元安を容認しないだろう」との発言を伝えている。
人民元防衛の手段は?
米中通商協議が長期化した場合、市場では、人民元の下落圧力が強まるだろう。その場合、中国政府が、どのような手段で人民元を防衛するかという点が気がかりである。先週、中国人民銀行が、香港で人民元建て手形を発行した理由は、香港で流通するオフショア人民元を吸収し、オフショア人民元の調達を難しくすることで、オフショア人民元の空売りを抑制することが狙いだったとの指摘も出ていた。こうしたことも、一つの手段となるだろう。
しかし、長期的には、2016年と同様の手段を中国政府が採ることの影響が大きいだろう。それは、中国が保有する米国債の一部を売却して、米ドルを為替市場で売却して人民元を支えるということである。中国の外貨準備資産は3兆1,100億ドルにのぼる。このうち1兆1,800億ドルを米国債が占めると推定され、米国債の保有高は日本と並んで大きい。米国債の新規発行残高が積みあがる中、中国政府の米国債市場での行動は、米国債券市場の動きを左右しかねず、これも間接的には中国の米国に対するカードになり得る。
また、トランプ大統領が敵視していることは、中国・欧州・日本が抱えている対米貿易黒字だということである。この黒字をなくすことが、トランプ大統領の目指す最終的な着地点という考え方もできる。各国の貿易黒字が消滅するとした場合、米国債はだれがどう引き受けて、消化していくことになるのだろうか? 通商協議に独り勝ちという結論には、どうやら至らないように思える。次の大統領選挙もそろそろ視野に入る中、米中協議がどう展開するのか、当面、神経を尖らせる展開が続くだろう。
長谷川 建一
Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) CIO