賃貸人の保護を目的にした「敷金」
建物賃貸借において、賃料のほか、敷金、保証金、礼金、権利金といった金銭のやり取りがよく行われています。もっとも、これらの金銭の性質や違いについてはあまり意識したことのない方が多いのではないかと思います。
そこで、今回は、これらの金銭の法的性質について、分かりやすく解説していきたいと思います。
■敷金
敷金、保証金、礼金、権利金の4つの金銭のなかでは、「敷金」という言葉は一番馴染みがあるのではないでしょうか。敷金の法的性質については、昭和48年2月2日の最高裁判所の判例で次のように説明されています。
「家屋賃貸借における敷金は、賃貸借存続中の賃料債権のみならず、賃貸借終了後家屋明渡義務履行までに生ずる賃料相当損害金の債権その他賃貸借契約により賃貸人が貸借人に対して取得することのあるべき一切の債権を担保し、賃貸借終了後、家屋明渡がなされた時において、それまでに生じた右の一切の被担保債権を控除しなお残額があることを条件として、その残額につき敷金返還請求権が発生するものと解すべきである」
これを平たくいえば、敷金とは、「賃貸借契約上の賃借人(建物を借りる人)の債務を担保するために賃借人から賃貸人(建物を貸す人)に預ける金銭」ということになります。
以前(関連記事:『知らないではすまされない「オーナー」と「入居者」の法的義務』)建物賃貸借では賃借人保護が要請されていると述べましたが、この「敷金」は逆に賃貸人保護のための仕組みといえるでしょう。多くの場合、賃貸人は、最初の賃貸借契約締結時にその全額を預けてもらうのが通常です。そして、特約があれば、賃貸人は、契約期間中の賃料の増額に合わせて、さらに追加分の敷金を請求することも可能です。敷金が担保する債権としては、まずは未払賃料が思い浮かびますが、その他にも、上記の判例が述べるとおり、「賃貸借契約により賃貸人が取得する一切の債権」が対象となります。
たとえば、賃借人が負担すべき修理費用や、賃貸借契約終了後明渡までの間の「賃料相当損害金」(※賃貸借契約は終了しているため「賃料」ではなく「賃料相当の損害金」となります)といったものすべてがこれに含まれます。
敷金を返還する時期は、上記の判例にもあるとおり、契約終了時ではなく、建物の明渡しがなされた時となります(上記の判例が出るまでは契約終了時とする見解もありました)。その際、未払賃料等の賃借人の債務が存在すれば、敷金はそれらの債務に当然に充当され、賃貸人に対する敷金返還請求権はその残額についてのみ発生することになります。ちなみに、賃貸人は賃借人に対してわざわざ相殺の意思表示等をする必要はありません。
なお、賃貸人は、まだ明渡しがなされていなくても、いつでも敷金に充当することが可能です。他方で、賃借人の側からは、敷金を未払債務の弁済に充当するよう請求することはできません。敷金はあくまで賃貸人のためのものだからです。
賃貸人と賃借人の合理的解釈で決定する「保証金」
■保証金
保証金も、建物賃貸借契約時に賃借人から賃貸人に預け入れられる金銭の一つです。もっとも、その法的性質として統一的なものはなく、当事者の意思の合理的な解釈で決められるとされています。
具体的には、
①敷金の性質を有するとされるもの
②一部が敷金の性質を有するとされるもの
③建設協力金(賃借人から賃貸人に対する貸金)
などが存在します。保証金の返還時期についても、それぞれの契約における合意によって定められることになります。
賃借人に返還しない「礼金」と「権利金」だが…
■礼金
礼金とは、賃貸借契約時に賃借人から賃貸人に対して支払われる返還されない金銭のことです。「礼金」=「お礼としてのお金」という言葉からも連想されるとおり、貸してもらったことのお礼という意味合いを持つものです。
権利金について
権利金とは、法的性質がはっきりとしないものですが、通常は、「礼金」の事業用賃貸借バージョンという使われ方をされることが多いです。一方、「礼金」は居住用賃貸借で用いられることが多いです。
すなわち、権利金とは、通常、礼金と同様、賃貸借契約時に賃借人から賃貸人に対して支払われる、返還されない金銭のことを指します。もっとも、裁判例で権利金の返還請求が肯定された例もあり、「権利金」だからといって一概に返還義務が否定されるわけではないので注意が必要です。
まとめ
以上の金銭について、賃貸人の返還義務の観点からそれぞれの法的性質を大雑把にまとめると、貸主は、原則として、
敷金:返還義務を負う
保証金:返還義務を負う
礼金:返還義務を負わない
権利金:原則として返還義務を負わない
といった分類ができるかと思います。なお、当然ですが、敷金や保証金も、賃借人の債務に全額充当されるなどして返還義務が消滅することはあります。もっとも、以上の分類にかかわらず、保証金や権利金については、上述のとおりその法的性質について一義的な決まりはなく、その法的性質については大いに争いが生じ得るものです。
そのため、その返還義務の存否や範囲について、契約書に予め明記しておくことがとても重要となるのです。