金融資産1億円、賃貸マンション1棟の財産の行方
相続対策には、遺産分割対策、節税対策、そして納税資金対策の3つがあります。実はこの3つのどれか一つでも欠けてしまえば、相続対策は失敗ともいえます。たとえば、子どもたちが揉めないように平等に財産を分割し、1円でも相続税を安くするための対策をしたものの相続税の納税資金が不足するケースがあります。
今回は、遺産分割対策と節税対策に気を取られ、納税資金対策に注意が及ばなかった家族の悲劇を紹介いたします。なぜ納税資金対策に注意が及ばなかったのかを紐解くと共に、最適な相続対策はどうあるべきかについても考えていきます。
東京近郊に住む福田さん(仮名)は、夫、長男、次男、の4人家族でした。夫は数年前に死亡しています。福田さんは長男所有のマンションに同居し、次男も独立しています。福田さんの財産には、夫から相続された金融資産1億円と賃貸マンション1棟(財産額1億円)がありました。
普段の生活には何も支障なく健康で幸せな生活を送っていました。福田さんは、子どもたちが遺産分割で揉めないように、金融資産も賃貸マンションも平等に半分ずつ分割してもらいたいと思っていました。
ところが、ある日、友人からこんな話を耳にしました。
「父親の相続時に姉妹で共有した賃貸マンションがあるのだけど、売却できなくて困ってるのよ」
「値段が合わないってこと?」
「いや、売却価額の話ではなくて、共有している妹が納得してくれないのよ。今後は大規模修繕費用もかかるし、割が合わないのだけど、妹は聞き入れてくれなくて。共有だと勝手に処分できないので、ホントに困るわ」
福田さんは、賃貸マンション共有のデメリットに気付かされました。また、ある日、別の友人からこんな話も耳にしました。
「母親の財産は金融資産だけだったから、節税のためにマンションを購入してもらったのよ。そうしたらね、想定通りマンションの評価額が大幅に下がって、相続税がうんと安くなったわ。やっぱり節税するなら金融資産より不動産よ」
福田さんは、マンション投資のメリットにも気付かされました。福田さんは、友人から得た情報からデメリットとメリットを考慮し、金融資産1億円で賃貸マンションを購入することに決めました。これで、賃貸マンションは2棟になり子どもたちへ1棟ずつ遺すことができます。また、金融資産から賃貸マンションに財産を組み替えることで評価額が下がり、節税にもなります。
不動産だけ遺されたら相続税はどう払うのか?
まさに、一挙両得の相続対策が完了、めでたしめでたし…となるところでしたが、実際の福田さんの相続時に、子どもたちは想定外の言葉を口にしたのです。
「お母さん、なんでこんな財産の遺し方をしたんだよ」
もちろん、子どもたちは福田さんが兄弟で揉めないよう、さらに節税してくれたことにとても感謝しています。ただ、一つだけ難点がありました。それは、相続税を払うための金融資産が遺されていなかったのです。子どもたちの言葉には続きがありました。
「多少税金が増えたとしても、金融資産を残してくれたほうがよかったのに。なんで自分のお金を出して納税しなきゃいけないのだ」
悲しいことですが、福田さんの想いは子どもたちには届きませんでした。
では、福田さんはどうすればよかったのでしょうか。友人からの相続対策情報は貴重で価値のあるものでした。ただ、友人の家族状況はそれぞれ違うため、情報をそのまま鵜呑みにしてはいけません。
まず、子どもたちに福田さんの分割についての想い(平等に半分ずつ)を話しておく必要がありました。そして、賃貸マンションを共有することのデメリットも話します。共有のままで納得できるなら福田さんの考え通りに分割してもらい、もし、共有でなく長男は金融資産、次男は賃貸マンションの分割方法が希望なら遺言書でその旨を遺すことができました。
つまり、子どもたちの意思を事前に聞き入れることで、より感謝される分割対策になったのではないでしょうか?
節税対策のため賃貸マンションを購入することに問題はありませんでした。財産評価額を下げ相続税を安くするには即効性のある対策だからです。福田さんに欠けていたのは納税資金対策でした。
相続税を試算し、その納税資金を残した上で、賃貸マンションを購入すればよかったのです。納税資金の不足分を生命保険の加入で補完する方法も検討できたでしょう。納税資金がなければ、相続財産を売却せざるを得ない場合もあり、所得税などの別の税金が発生することもあります。
遺産分割対策、節税対策、納税資金対策は、それぞれ利益相反します。
分割を優先すれば増税になり、節税を優先すれば納税資金が不足し、納税を優先すれば分割方法が制限されることがあります。相続対策において、個別の対策を優先したとき、そのほとんどは争族問題へと発展します。
相続対策で優先すべきは部分最適ではなく、三位一体の全体最適においたとき、まったく別の解決方法があることを念頭においてみてはいかがでしょうか。
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