日本と海外に関連会社を置き、国家間の租税条約を利用することで節税を実現するスキームがありますが、細心の注意を払わないと、想定外の税金が課せられてしまい、利益が減るどころか、マイナスになってしまう場合もあります。本記事では、国際税務の第一人者である、古橋&アソシエイツ・税理士古橋事務所代表の古橋隆之税理士が、国際的な企業組織再編において必要な対策を怠ったために多額の税金が発生した事例を取り上げ、解説します。

香港に会社を設立、日本のグループ会社を合併

平成23年、日本の将来に悲観的な見通しを持ち、一家での香港移住を決意した経営者のX氏。日本国内で化粧品をOEMで製造・販売する国内企業グループを率いていた彼は、移住に伴い、日本のグループ会社を整理統合して一社に集約することにしました。グループの代表は降りたものの、香港に個人で会社を設立、日本での化粧品のOEM製造販売は従来どおり続けられるよう準備を進めていましたが、1点注意を怠ったため、数年間分の消費税の追徴を受けることになります――。

 

A社グループは、日本国内で化粧品をOEMで製造・販売する国内企業グループでした。OEMでは、商品企画やサンプルチェックといった作業を委託者側が行い、製造は受託者に行わせます。自社生産しないことで、コスト削減や生産が追い付かなくなる状況を回避するために有効活用されます。

 

A社グループは、A1社が化粧品の販売免許を持ち、OEM先から商品を仕入れ、A2社はA1社からOEM商品を仕入れ、国内で卸売業務とWEB販売も手掛けていました。A3社は商品の宣伝業務を担当していました。化粧品の容器などは中国・香港から輸入していました。

 

未上場中小企業オーナーの複数関連会社による、典型的な企業グループ間取引での利益の繰延や、交際費枠の拡大などを狙っていたものです。

 

オーナーであるX氏は、当時の日本の経済状況に悲観的な考え方を持っていました。また、お子さんの将来の教育や、さらには日本の高い税金についても考慮し、日本のグループ会社を整理統合して一社に集約し、家族ともどもまずは香港に移住することにしました。ただし、日本での化粧品のOEM製造販売は従来どおり続けたいと考えていました。

 

ちなみに、当時の香港の政治状況は、現在のような中国本土の締め付けが厳しくなかった時代です。また、日本との間で結ばれていた租税条約は、ある面では使い勝手のよいものでした。

 

まず、X氏は、香港に個人で会社を設立し、日本のグループ会社を合併及び清算して一社にまとめ、代表を辞し、退職金の支給を受けました。

 

合併後の会社には資金が豊富にあり、また資本金が大きかったため、資本金の減少手続を行い、香港居住者となったX氏は資本金の払い戻しを受けました。その際、「みなし配当課税」と「株式の譲渡所得税課税」が発生する場合もあります。

 

X氏のケースでは、みなし配当課税が発生しましたが、香港との租税条約で20%が5%の課税に減額され、株式の譲渡所得は赤字になり、課税はありませんでした。その結果、数千万円の金額を香港に送金することができました。

 

日本での化粧品のOEM製造販売は従来どおり続ける際にとったスキームは、「問屋契約(コミッショネア契約)」でした。これは日本の商法551条以下に、「問屋とは自己の名を以て他人の為に物品の販売または買い入れをなすを業とするものを謂う」と規定されているものです。

 

要は委託販売なのですが、日本の会社がOEM商品を買いとって売るのではなく、香港の会社(以下、HK会社)がOEM商品を所有したのままの状態で、しかし日本会社が売主となって売る方法です。日本会社は売ることで手数料を稼ぎ、在庫リスクや貸し倒れリスクは負いません。HK会社がこれらのリスクをすべて負い、売上もHK会社のものとなります。

 

OEM先とはHK会社が契約を結び、商品保管する日本国内の倉庫業者とはHK会社が契約を結び、日本会社は販売するのみです。一定月の売上から日本会社の手数料を差し引いたあとの資金を香港に送金することになります。

香港との租税条約における「問屋契約」の解釈

さてここからが重要で、香港との租税条約では、問屋契約について、HK会社には日本で行う事業への課税根拠となる恒久的施設が、日本会社にはないとされているため、商品販売の利益は日本では課税されず香港で課税されることになります。

 

もちろん同族会社間での問屋契約ですので、日本会社がHK会社から法律的・経済的に独立しているのか、一社のみの相手の問屋契約で通常業務性が認められるか等の、専門的な見地からの議論はあります。

 

しかし、これらは事実認定の問題であり、その認定も難しく、また問屋契約に基づく日本での課税の対象となる所得の計算をどうするかの問題もあります。この日本での課税対象所得は、詳細な専門的議論を省くと、日本会社へ支払われる手数料が移転価格税制上の第三者価格(税務上の適正な価格)になっているどうかに帰結します。

 

移転価格とは、親子会社・兄弟会社などの会社グループ内の製品・原材料やサービスの取引価格のことです。会社グループ内の取引価格の操作によって、海外関連会社との間で所得を移転することに対して、日本で税金をかけようとするのが移転価格税制です。

 

A社グループのケースは、結果として、手数料は適正であり海外への所得移転はなかったと認定されています。

 

コミッショネア契約そのものについては、OECDのBEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクト(多国籍企業による課税所得の人為的操作や課税もれの防止プロジェクト)を受け、日本でも税制改正により日本での課税が出てくることになりました。

 

しかしOECDのコミッショネアの改正は将来に向けたもののため、改正前に締結された香港との租税条約上では依然有効であり、スキーム的にはまだ使えるものと考えます。

 

しかし、消費税は課税されます。HK会社はOEMで製造した商品の所有者で、商品を日本の倉庫に保管し、注文を受けたあと日本国内で販売するからです。つまり、売主は外国の会社であっても、商品それ自体は日本国内で仕入れ販売されるからです。

 

当時は、資本金1000万円未満の新規設立会社は2年のあいだ消費税免税業者になり、X氏もこれを理解していたのですが、2年が過ぎるまでに対策をとること失念しておりました。

 

結果として、過去数年分にわたり消費税の追徴が発生しました。

 

X氏の例では、消費税の追徴により資本金払い戻し額がすべて無くなったわけではありませんが、外国会社の日本ビジネスに関連する税金について詰めが甘かったといえるでしょう。

 

 

古橋 隆之

古橋&アソシエイツ・税理士古橋事務所 代表

 

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本記事は書き下ろしです。記事内における法律等の記載については執筆当時のものとなりますのでご注意ください。

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