トラストの種類により「納税義務者」が異なる
米国には様々なトラスト(信託)がありますが、大きくわけて2つの種類があります。1つは変更や撤回が可能な「レボカブル・トラスト(Revocable Trust)」、もう一方は、一旦設定をすると内容変更や撤回ができない「イレボカブル・トラスト(Irrevocable Trust)」です。さらに所得税の観点から、トラストは「グランター・トラスト(Grantor Trust)」と「ノングランター・トラスト(Non-Grantor Trust)」にわかれます。
◆グランター・トラスト
グランター・トラストは、トラストを作成した本人(以下「セットラー」Settlor/委託者)がトラストに委託した財産の全部または一部に対して、一定の権限、経済的利益、支配(Dominion and Control)を留保するトラストで、セットラーの存命中はセットラー自身がトラスト資産の所有者とみなされます。そのため、課税上は分離した主体とみなされず、トラストの収益は個人の所得と同様にセットラーに課税されます。
セットラーの存命中は、米国ではセットラー自身のソーシャルセキュリティ番号(個人の納税者番号)がトラストのタックスID(納税者番号)として適用され、税法上はトラストという法人は存在しないとみなされます。セットラーが亡くなって初めて、トラストは法人扱いになり、法人のタックスIDが所得されます。
/
多彩なテーマで多数開催!
カメハメハ俱楽部の「相続・事業承継」セミナー
\
◆ノングランター・トラスト
一方、ノングランター・トラストは、セットラーと切り離され、分離した納税義務の主体(Taxable legal entity)とみなされるため、トラストの作成時点で法人としてのタックスID(納税者番号)が設けられます。ノングランター・トラストの収益は、セットラーの存命中でも法人の収益として課税され、トラストに申告義務や納税義務が課されます。
「イレボカブル・トラスト」の活用で遺産税を回避?
◆レボカブル・トラスト
レボカブル・トラストの一例として、「プロベート」回避目的で用いられる、一般的にリビング・トラスト(生前信託)と呼ばれるトラストが挙げられます(関連記事『米国の資産管理で活用したい「リビングトラスト」の仕組み』参照)。リビング・トラストは、正式には「レボカブル・インタービボス・トラスト(Revocable Inter Vivos Trust)」といい、変更や撤回が可能なレボカブル・トラストです。
つまりセットラーの存命中は、トラストの内容を変更したり、トラストを撤回したりすることも可能です。リビング・トラストは、トラストに託した財産に対して、セットラーが一定の権限、経済的利益、支配を留保し、トラスト資産の所有者とみなされるため、必然的にグランター・トラストとなります。そして、セットラーが亡くなった時点でイレボカブル・トラストに変わり、トラストに残った財産が相続されます。
トラストに残った財産は個人の遺産相続としてではなく、「法人から承継される財産」とみなされるため、プロベートの対象にはなりません(関連記事『米国に資産がある人は要注意!相続の壁となるプロベートとは?』参照)。しかし、税金の観点からは、個人遺産の相続とみなされ、米国の遺産税の対象となります。
◆イレボカブル・トラスト
一方、イレボカブル・トラストは一旦設定をすると、あとから内容変更や撤回ができないため、委託した財産は、委託時にトラストのベネフィシアリー(Beneficiary/受益者)へ「贈与した財産」とみなされます。そのため、原則として控除額を超える分に対しては贈与税が課されます。生前贈与に似ているといえるでしょう。
セットラーが亡くなったときにトラストに残った財産は、法人からベネフィシアリーへ承継されますが、生前に譲渡してしまった財産となります。セットラー自身の財産とはみなされず、「相続」は発生しませんし、税法上も米国遺産税の課税対象外となります。
イレボカブル・トラストは、原則としてノングランター・トラストですが、トラスト設定時に税法上どう扱うかを選択することができます。つまり、意図的にグランター・トラストを選択することも可能です。イレボカブル・トラストをグランター・トラストとして扱う場合、セットラーの存命中のトラスト収益はセットラー自身の収益とみなされます。そのため、セットラー自身に課税されますが、セットラーが亡くなったときには「生前に譲渡した財産」とみなされるため相続は発生せず、米国遺産税の課税対象外となります。
このように、自身の存命中はトラスト資産から生ずる経済的利益を保有しつつ、死亡時には米国遺産税の対象外とさせるトラストを「意図的に欠陥があるグランター・トラスト(Intentionally Defective Grantor Trust)」といい、米国遺産税対策を図る米国富裕層に活用されています。
イレボカブル・トラストは、節税、米国遺産税回避、資産形成、債権者から財産を隔離するためといった目的で、米国富裕層に活用されるツールです。また、イレボカブル・トラストは、保障金額が高額な大口生命保険と一緒に活用することで、最大限のメリットを得ることが可能になります。イレボカブル・トラストと生命保険を利用するスキームは、米国非居住者に適用することも可能であり、利用方法によっては大きな節税効果が得られます。
佐野 郁子
弁護士法人 佐野&アソシエーツ 弁護士
/
多彩なテーマで多数開催!
カメハメハ俱楽部の「相続・事業承継」セミナー
\