今回はカリフォルニア州に60年以上住んでいた女性(日本人)の例です。遺産総額は65万ドル(約6,500万円)でした。メモ書きのような手書きの遺言書に『自分の遺産は全て妹に託す』と明記していましたが、米国では無効とされました。どうすればよかったのか、相続の失敗事例をご紹介します。

手書きの遺言書に『自分の遺産は全て妹に託す』と明記

米国では、故人の資産総額が州法に定められた一定額を超える場合、「プロベート」という裁判所での手続きを経て、遺産分割・相続手続きが行われます。今回はこの「プロベート」で相続を失敗した事例をご紹介します。

 

【事例】

カリフォルニア州に60年以上住んでいた、子どものいない女性(日本人)。

この女性を含めて5人兄弟姉妹。兄弟姉妹は日本在住。

 

<家族構成>

姉:死亡・子ども3人(姪1・姪2・甥1)

兄1:死亡・子ども1人(甥2)

兄2:生存

(今回亡くなられた)女性:子どもなし

妹:生存

 

亡くなった姉と兄1の子どもたち(甥や姪)とは全く親しくなく、もう何十年も交流がありません。存命の兄2とは仲が悪く、疎遠になっていました。唯一、妹とだけは仲が良く、毎週電話をするほど良好でした。

 

女性は「自分の遺産は全て妹に託したい」と周囲にも話しており、妹にもその旨を伝えていました。メモ書きのような手書きの遺言書にも『自分の遺産は全て妹に託す』と明記していました。

 

2017年2月に、この女性は他界しました。『自分の死後は不動産を売却し、銀行預金と一緒に全て妹に送ってください』と、友人Aさん(本件依頼者)に事前に頼んでました。

プロベートを経ないと、名義変更や売却はできない

しかし、Aさんは事前にお願いをされていたものの、故人の家を売却したり、銀行口座にアクセスすることはできません。権限がある人でなければ、実行できないためです。

 

これらの手続きに携われる権限は、「プロベート」を経て「アドミニストレーター」と呼ばれる遺言執行人に与えられます。

 

米国では不動産など相続手続きに携われる権限は、「アドミニストレーター」と呼ばれる遺言執行人に与えられる。
米国では不動産など相続手続きに携われる権限は、「アドミニストレーター」と呼ばれる遺言執行人に与えられる。

 

「プロベート」とは、裁判所の監視のもとで行われる遺産分割手続きのことです。その手続きで「アドミニストレーター」が決定していないと、不動産を売却したり、銀行預金を動かしたりできず、遺産分割の手続きを行えません。

 

◆ポイント1◆
遺言書があっても「プロベート」は必要です。本件のように遺言書に「米国の不動産および金融資産は妹に託す」と明記されている場合でも、「プロベート」は必要です。これを経ないと、実際の相続(名義変更や売却)を行うことはできません。

 

<カリフォルニア州のプロベートの流れ>

(1)裁判所にプロベート開始の申し立て(遺産分割の申請)

(2)新聞で債権者への通知

(3)遺族への通知

(4)ボンド(保証金)の申請

(5)公聴会でアドミニストレーターが決定(*ここで初めて遺産分割手続き開始)

(6)財産と債務の目録を作成

(7)財産の価値の査定(*裁判所で定められた機関による査定。有料。)

(8)債務の返済

(9)税金の確認

(10)最後の確定申告を申請

(11)アカウンティングを裁判所に申請

(12)公聴会でアカウンティングが認められるか否か

(13)アカウンティングが認められた場合、プロベートにかかった費用の精算、弁護士・遺言執行人の報酬の精算

(14)残った遺産が相続人へ

 

◆ポイント2◆
「プロベート」は費用がかさみます。カリフォルニア州では弁護士報酬は遺産の総額のパーセンテージで定められています。遺言執行人も弁護士と同額の報酬が認められています。つまり、弁護士料が二重にかかると言っても過言ではありません。

遺言書が無効ならば、州法で定めた法定相続人が相続

今回のケースでは、遺産は45万ドル(約4,500万円)相当の不動産と20万ドル(約2,000万円)の金融資産があり、遺産総額は65万ドル(約6,500万円)でした。プロベート経費や報酬額は、下記の金額となりました。

 

弁護士報酬:1万6,000ドル(約160万円)
遺言執行人の報酬:1万6,000ドル(約160万円)
プロベート経費:約1万8,000ドル(約180万円)
プロベートに掛かった費用合計:5万ドル(約500万円)

 

なお、不動産にモルゲージ(住宅ローン)が残っていても、弁護士・遺言執行人の報酬に対する計算には考慮されません。

 

遺言書が有効と認められたら、遺言書に明記されている人が相続します。遺言書がなかったり、無効だと定められたときには、カリフォルニア州法で定められた法定相続人が相続します。

 

◆ポイント3◆
遺言書は規定に則った形式で記載しない場合は無効となります。カリフォルニア州では手書きの遺言も認められていますが、規制が厳しく、利害関係のない2人の証人の前で署名することが必要です。

 

本件では手書きの遺言書があったものの、規定に則っていなかったため、無効となりました。その結果、「プロベート」を経て、遺産はカリフォルニア州の法律が定める法定相続人へ相続することになりました。(日本法に基づく法定相続人とは異なります。)


仲の良い妹に全て託したいという希望は叶えられず、仲の悪い兄や、全く交流のなかった甥と姪にも財産分与が行われることになりました。  

 

<相続内訳>

姪1:8.33%

姪2:8.33%

甥1:8.33%

甥2:25.00%

兄2:25.00%

妹:25.00%

 

本件は女性が他界した翌月(2017年3月)に開始した「プロベート」ですが、相続人への遺産分割(送金)は2019年9月に行われ、2019年11月にやっと「プロベート」が完結しました。

 

◆ポイント4◆
「プロベート」は時間を要します。その手続きは最低でも2〜3年かかります。その間は遺産が凍結され、相続人が日本にいる場合は10カ月以内に相続税を納めなければならないといった問題が発生します。

 

米国では遺言書があっても「プロベート」は避けられません。米国に不動産や金融資産のある方はトラブルにならないよう、専門家に相談することをおすすめします。

 

佐野 郁子

弁護士法人佐野&アソシエーツ 弁護士


 
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