ハワイ不動産の相続で面倒な手続きが必要になった…
日本の親が米国に住む子供のために不動産を購入する際、購入時から子供だけの名義にしてしまうと、贈与税の課税対象になってしまいます。そのため、税金対策として親名義で購入する場合や、親と子供の共同名義で米国不動産を購入するケースが多く見られます。
今回は、親と子供が「テナンシー・イン・コモン(Tenancy in Common)」という共有名義で、ハワイの不動産を購入したという事例を見てみましょう。
【事例】
家族構成:母、娘
母と娘でハワイの不動産を「テナンシー・イン・コモン」という形態で購入後、母が亡くなる
依頼者:娘(ハワイ不動産に居住)
【経緯】
母の生前、母の所有権を娘名義に変更しようと試みましたが、税理士から贈与税の課税対象になるとアドバイスを受け、断念しました。母が亡くなり、唯一の法定相続人である娘が母の持分を相続することになりました。
テナンシー・イン・コモンとは、2人以上の共同所有者(Tenants in Common)が米国不動産を共有する形態であり、持分の割合は平等でなくてもよく、各自の持分を占有します。全員で全体の所有権を有しているジョイント・テナンシー(Joint Tenancy)とは対照的です(関連記事『「ハワイの家を娘に遺したい」両親の願いを阻んだ米国の法律』参照)。
テナンシー・イン・コモンは、各自の持分に対して自由に処分することができ、他の共同所有者の承諾なしに売却や抵当に入れることが可能です。
【問題点】
法定相続人は娘のみで争いは生じません。それでも米国で不動産や金融資産を相続するには、原則として裁判所の監視下で行われる「プロベート(Probate)」という遺産分割手続きが必要となります。
唯一の法定相続人であり、かつハワイ不動産に住んでいる娘が母の持分を相続することは当然ではありますが、プロベートを経てからでなければ相続ができず、面倒な手続きとなります。
テナンシー・イン・コモンで不動産を共有している場合、亡くなった共同所有者の持分を相続するにはプロベートが必要となります。プロベートを経て、遺言書がなければ法定相続人が相続し、遺言書があれば指定された相続人が相続します。法定相続人が1人だけでも、争いごとがなくても、プロベートを経ないことには相続ができません。
米国では州により法律が異なるため、プロベート手続きも州によって異なります。ハワイ州では、亡くなった方の資産総額が10万ドル以上ある場合、または不動産を所有している場合には、遺言書の有無に関わらず、原則としてプロベートを経ないと相続ができません。
ハワイ州には3種類のプロベートがあります。本件のように遺族間で争いがなく、債権者との問題もない場合には、そのうちの1つのInformal Probateという簡易プロベートを利用することができます。
それでも、プロベート中は遺産が凍結され、最終的な遺産分割まで1年以上かかります。その間に裁判所や弁護士費用のほか、不動産の管理費や固定資産税などかかるため、遺産が目減りすることになります。そしてこの手続きでは個人情報や家族構成、遺産目録などのプライバシーが守られず、公にされてしまいます。
母の存命中にできたはずの「3つの対策」とは?
【対策】
本件のような場合、母の存命中にできた対策が3つありました。
①母の生前に所有形態をジョイント・テナンシー(Joint Tenancy)に変更する
→各自の占有権の割合が変わらなければ、贈与税の心配はありません。しかしこの場合は、娘が相続したあとに娘の単独所有になるので注意が必要です。
②母と娘それぞれが、各自の占有権に対し、TODD(Transfer on Death Deed)で不動産の「死亡時の受取人」をあらかじめ指定しておく
→不動産が所在するカウンティの登記所にTODDをきちんと登記しておくことで、プロベートなしで不動産を相続することが可能になります。ハワイではTODDが活用されることが多々ありますが、TODDが利用できる州は限られています。
③母と娘それぞれが各自のリビングトラスト(Revocable Inter Vivos Trust、通称「Living Trust」)を設立し、トラスト名義同士でテナンシー・イン・コモン(共有不動産権)で所有
→各自のリビングトラストに相続人を指定することにより、プロベートなしで相続人への名義変更が可能です。
最初から母と娘の共同名義にせず、不動産は法人名義またはトラスト名義で所有することも、好ましいといえるでしょう。
不動産を母のトラスト名義で所有する場合、不動産は母の所有財産とみなされますが、娘をトラスティ(受託者)とすることで、母の存命中の不動産管理や売却は娘が代行できます。さらに、トラストでハワイ不動産の相続人を指定することにより、母の死後はプロベートの必要なく、娘が自分名義に変更できます。この場合、登記所に母の死亡証明書と名義変更を登記するだけの簡単な手続きで済みます。
米国不動産をすでに所有している方や、これからご購入される方は、どのような所有形態が最適であるか、アメリカの相続に詳しい専門家にご相談されることをおすすめします。
佐野 郁子
弁護士法人佐野&アソシエーツ 弁護士