IMFと民間金融機関の見通しにある「大きな違い」
国際通貨基金(IMF)は、1月20日に香港経済に関する年度評価レポートを発表した。IMFは香港の域内総生産(GDP)について2015年の伸び率(実績)を2.2%と見込む一方で、2016年はそれを上回る2.5%と予測しているとのことである。
一方で、市場の先行き見通しは、おおむね悲観的にとらえられている。
民間金融機関の予測では、UBSが昨年9月に発表したレポートで2016年のGDP伸び率を1.0%と予測しセンセーショナルに取り上げられたが、他もゴールドマンサックスがGDP伸び率を1.6%、モルガン・スタンレーは2.1%、バークレイズとJPモルガン・チェースが2.2%、野村証券が2.3%、シティバンクとバンクオブアメリカ・メリルリンチが2.0%などとなっている。
いずれも香港の成長率は2015年からは鈍化に向かうとの予想である。加えて、年初からの株式市場の動揺の影響もあり、足元ではかなり厳しい見通しが増えている。
IMFと民間金融機関の、これほどの差はどこから生じているのであろうか? 端的に言ってこれは、米国経済に対する見方の違いと、調整局面にある中国経済の減速の影響度の見方の違いにあると筆者は考えている。
すなわち、IMFは「米国の利上げに伴う世界金融市場の動揺による影響と中国本土の経済減速からの香港への影響は限定的」とみているということである。IMFは、米国経済が確実な成長軌道を維持すると見込んでおり、その結果として、FRBが昨年12月に実施したと同様、追加の利上げペースも市場予測よりもむしろ速いとみているようである。
確かに、米国景気の状態は、主要経済指標を見る限り極端な悲観論に与する必要はなく、冷静に見れば良好で状態であると認めざるを得ない。米国の2015年第4四半期(Q4、10-12月)には、雇用創出ペースも再度持ち直してきており、1カ月平均の雇用者増加数は前四半期Q3から11万人増加して28万4000人まで達するなど、「完全雇用」に近い状況である。
また、実質週間賃金伸び率も、ほぼ0.4%ポイント上昇して2.0%となった。実質個人消費は2015年第4四半期では、減速したものの、これは第3四半期に年率3.0%増と大きく増加した反動もあり、雇用環境の好調さが消費を支えるという好循環は維持している。
中国については、長期的には「新常態」への移行期にある中、かつて「世界の工場」といわれた安価な賃金を活かして製造し製品を輸出するというビジネスモデルは既に終焉し、高い成長率からの実体経済活動の減速は疑うまでもない。年成長率7.0%はおろか、どこに落ち着くかを模索する状況である。国内の都市と農村の格差をはじめ社会問題は山積みで、政治経済状況の不透明感も大きい。
一方で、サービス産業化の進行や、IT関連産業が次々と産まれるなど産業構造の変化は、中国の経済構造を急速に進化させ、中間層の拡大にも寄与している。また、財政出動を伴う政策余力は依然大きく、リーマンショック後に発動した超大型の対策への期待感もある。
そうした状況もあり、香港経済に中国経済の減速が与える打撃は大きくないというのがIMFの見通しである。
不動産相場の下振れなどが不安要素ではあるが・・・
筆者は、米国経済については堅調さを維持していると考えているし、2016年は中期サイクルからは景気のピークアウトが予想されるものの、腰折れ的な失速は無いと予想している。
中国については、株価の波乱が規制緩和の進展を遅らせる結果に繋がる懸念は大きいが、逆資産効果を生じさせて景気を下押しするようなものにはならない(もともと民間部門に占める株式投資の割合が小さいため)と考えている。従って、香港経済についても米国経済同様、失速を懸念するには及ばないと考えている。
不安のある要素としては、家計に占める不動産投資の比率が高い香港の特徴から、利上げによる債務コストの上昇と香港の不動産相場の下振れが、個人消費と企業の支出を抑制する可能性が高まることであろう。他には、香港ドルが米ドルへのペッグ通貨であるため、対人民元で通貨が上昇し、香港の観光産業を中心に打撃を与えることではないだろうか。