「アメリカ主導の経済成長」に膨らむ期待感
11月8日に実施された米国大統領選挙で、共和党のドナルド・トランプ氏が当選を果たした。2017年1月には、第45代大統領に就任する。今回の大統領選挙では、民主党も共和党も大きな政策の差を見出せず、中道に擦り寄る中、エキセントリックな公約と演説でメディアの注目を集め、泡沫候補といわれた立場からトランプ氏が当選を果たしたことは、ひとつのアメリカンドリームだろう。ただ、選挙戦で掲げられた公約は、必ずしも一貫したものとは言えず、今後、政権移行と新政権組織作りの過程で、徐々に明らかになっていくことになる。
政策については、就任前と言うこともあり、多くを語らない姿勢を貫いているが、人事は着々と進んでいる。共和党が多数を握るとはいえ、議会で法案を通さなければ政策は展開できない。選挙戦で破壊された議会との関係と信頼を取り戻すこと、議会との調整をどう進めるかは、トランプ政権の成否の鍵となる。その点では、議会との調整役となりうる人材の登用は、トランプ政権の人事の重要なマイルストーンとなろう。就任前ですら、これが話題となるのは、そのためであろう。
さて、トランプ氏の主張で、一貫しているのは、「アメリカファースト」ということだろう。これは、米国の国益を第一に考え、これまでの政策や外交関係に拘ることなく、ビジネスライクな政策判断を優先して行くと決意表明である。政治の経験がないことをプラスに換え、ビジネスマンとしての成功にダブらせる選挙戦略に過ぎないとの見方もあるが、恐らくそうした是々非々の政策判断は、多くなるだろう。そうなると、米国が外交ではこれまでに構築された関係や慣例を破って行動し始め、国際関係がギクシャクすることも、有り得ないとはいえない。通商関係も、TPP離脱を表明しているように、オバマ政権で見通された展望とは大きく変化するだろう。
典型的な事象は既に現れている。台湾の蔡総統との直接電話対話がそのひとつだ。米国国務省は、台湾の首脳と直接対話することは控え、「ひとつの中国」を主張する中国への配慮を貫いてきた。しかしトランプはその慣例を破って、直接台湾総統との対話を果たしたのである。これは、中国にとっては面子をつぶされるどころか、台湾の(中国からの)分離・独立勢力を煽りかねないことである。トランプ氏もそのブレーンも、全く意に介しておらず、今後の米中関係には不透明感が漂う。
一方で、米国経済そのものが成長力を回復・増幅させ、優位性を増すことは世界経済にとってプラスにつながる可能性もある。アメリカ主導の経済成長というシナリオの確率は、少なくとも期待感は増している。
「公約」から経済政策を推し量ると・・・
経済政策では、明確に言い続けてきたことは、雇用改善を最優先するという点と、NAFTAやTPPには批判的で通商保護主義的な立場を取ると言及してきたことだろう。経済がグローバル化している中で、通商政策で真逆の政策を取ることの有効性には疑問だが、米国がイニシアティブを確保できる二国間協定は推進すると言っており、必ずしも、通商破壊的な態度ではないようである。経済のグローバリゼーションの中で、米国企業もまた、多国間に亘るサプライチェーンを構築し、他国をガッチリ組み込んだ生産体制も作っており、それを剥がしていくことはマイナスで、それを米国内だけで組み立て直せというのも非現実的な話である。
現実的なアプローチは、一方的な貿易不均衡の解消に向けた政策を表明すること、ここでも米国が縛られてしまうような枠組みを嫌って、主導権を確保することではないだろうか。米国経済、もっと言えば米国内の雇用が守られる結果に見えるのであれば、通商政策での落とし所は多いとも読める。ただ、雇用という点から見ると、現在でもFRBすら「完全雇用」と認めている状況が、どれほど伸びるのかは、やや疑問符がつく。
注目したいのは、減税を打ち出していることだ。法人税を35%から15%へと大胆に引き下げることと、米国企業が海外に滞留させている資金を一回限り法人税10%で還流させることが、公約には謳われているが、こうした政策が実現されれば米国経済の成長率を押し上げることにもなろう。既に、試算では成長率3.5%という数字も出てきている。
21世紀のリーディング産業におけるリーディングカンパニーは、多くが米国系企業であることは、見過ごすべきではない。そうした企業群を米国内に抱え込んで、彼らに投資資金が付き、新しい産業の振興に繋がって成長するという道筋は、合理的な政策と読める。ただ、こうした思惑通りに、誘引できるのかという点は、優秀な人材を集めるための移民政策や安定した国際平和という軍事外交政策なども大きく関わってこよう。
減税では、年収2万5千ドル未満の単身世帯と年収5万ドル未満の夫婦世帯は所得税を免除するという個人所得税の減税も打ち出されている。消費刺激は結構な政策だが、一方で、どのように財源を確保するかという点は、課題が残る。大幅な連邦支出の歳出カットが果たして、同時に、できるのか? できなければ、財政赤字の問題が再燃する懸念もある。