世界最大の選挙はスケールも大きい
インドでは、4月11日から総選挙の投票が始まった。この選挙は下院の543議席を全て小選挙区で争われるが、投票はなんと有権者の数だけで約9億人という世界最大の選挙である。選挙も選挙区によって投票日が異なり、投票は7回に分けて実施される。最終投票日は5月19日で、5月23日に開票が終わり、勢力図が確定するまでに6週間もかかる。世界最大の規模感は、他ではなかなか味わえないだろう。
2014年に行われた前回の総選挙では、モディ現首相が率いるインド人民党 (BJP)が282議席を獲得して、30年ぶりに単独で下院の過半数を制した。そして、モディ政権は、安定して政権運営を担うという期待とモディ氏への高い人気を背景に、外資導入の積極化やインフラ整備の推進といった投資促進に加え、2016年11月には高額紙幣を廃止、2017年7月には物品サービス税(GST)導入と、経済構造改革を断行しながら、高い成長率を達成してきた。一方で、農業問題や失業問題、経済改革などを巡っては、既得権益との軋轢もあり、今回の総選挙でも、盤石な選挙展開は見通せていない。
対する野党側は、2018年12月に実施された地方の州議会選挙では、有権者の不満の受け皿となって勢力を回復し、人民党から主要な州で多くの議席を奪い返した。そして、そのまま、総選挙には、野党が統一戦線を組んでモディ政権に対峙し、政権を奪還する観測も広がった。インド株式市場では、与党インド人民党への評価が高いため、地方選挙での苦戦が続き、モディ政権の存続可能性が低下したと見て、2018年末からは調整色を強めた。
しかし、地方選での勢力回復は、野党結集の足並みを乱れさせた。結局、今回の総選挙では、統一戦線は実現しなかった。そして2019年2月にカシミールのパキスタンが実効支配する地域を拠点とする過激派勢力が引き起こしたインド治安部隊への自爆攻撃に対して、モディ政権が、強硬な対抗措置を採り、軍事行動に出たことで、潮目が変化した。選挙直前の世論調査などからは、人民党の勢力は選挙前の勢力には及ばないものの、下院の過半数を再度占める可能性が高まっている。
株式市場もこれに応じるように戻り局面を鮮明にしてきた。人民党が下院での多数を維持し、モディ政権が継続することで、国内政治の安定感が増せば、構造改革継続への期待や経済政策の継続性がインド経済への評価を高めるシナリオを織り込み始めている。
インド経済自体は、着実に成長しており、構造改革の進展から、成長率はさらに加速すると予想している。IMFが発表した世界経済予測(4月)では、インドの成長率は2019年度が+7.3%、2020年も投資の回復が見込まれ+7.5%まで上昇すると予想されている。景気拡大局面から企業業績も拡大が続く見込みであることに加え、内需消費が主導するインド経済は、相対的に米中貿易摩擦の影響を受けにくいと考えられる。予想PER(株価収益率)からすれば、株価に割高感がないことも、注目点である。
インド中央銀行の金融緩和姿勢も明確になってきており、政権交代やインフレ率上昇といった懸念が払しょくされれば、株式市場を取り巻く環境は良好な状態が続くだろう。長期でのインド経済の成長の可能性は勿論大きいが、中短期でも、引き続き強気の姿勢で臨むべきであろう。
いずれにしても、今後5年間の政権を誰がどう担うのか、今回の総選挙には注目しておきたい。
インドネシア大統領選は、一騎打ちの戦い
さて、インドからインド洋を東に向かったインドネシアでは、大統領選の投開票が4月17日に実施される。ジョコ・ウィドド大統領と最大野党を率いるプラボウォ・スビアント氏が一騎打ちで対決する前回2014年の大統領選挙と同じ構図である。こちらの選挙は、インドとは異なり、即日で投開票される予定である。
ジョコ大統領は貧しい家庭の出身で、たたき上げの政治家という経歴である。選挙戦でも、自身がインドネシアで初めて格差社会に手をつけ、貧困の問題に取り組んだ初めての大統領だと訴えてきた。また、ジャカルタ州知事だった頃に取り組んだ改革への世論の評価や、過去5年間のインフラ整備や規制緩和の実績をアピールしてきた。肝いりのプロジェクトだったジャカルタの都市高速鉄道(MRT)も3月に開業に漕ぎ付け、他にも新たに整備した道路などの視察を重ねて、実績としてアピールするなどしたたかな戦いぶりである。
一方で、主に保守派を中心に、イスラム教の教義を尊重しないと批判をうけている。また、ジョコ大統領の主張する調和ある民主主義や「多様性の中の統一」を繰り返し求める姿勢は物足りないとされてきた。今回の大統領選では、副大統領候補にイスラム教指導者を担ぎ出し、保守派の取り込みを図っている。
プラボウォ氏は、イスラム色を前面に押し出して選挙戦を展開してきた。集会も、一部の強硬なイスラム主義グループと連携し、夜明けの礼拝を支持者と一緒に行って始まり、集会中はイスラム教指導者が次々に応援演説する段取りで「イスラム教徒のインドネシア人に最もふさわしいリーダー」であると訴えてきた。
経済面では、現状をインドネシアの富が外国や一部エリート層に奪われている危機状態にあるとして、排他主義とも受け止められかねない主張を訴えてきた。経済政策では、最大8%の減税や重要インフラ整備に力を注ぐことで成長をてこ入れすると約束している。
かつて軍幹部として反政府活動家らの抑圧に関与し、軍籍を剥奪された過去もある政治家だが、物価上昇や就職難に不満を募らせる若い世代層を中心に支持を広げている。
インドネシアの2018年の実質国内総生産(GDP)成長率は5.17%だった。これはジョコ政権が誕生した2014年以来最高の伸びである。ただこの成長は、ジョコ政権が実施した公務員賞与の増額や元公務員の年金受給者にも賞与を支払った財政出動による個人消費支出の増加が主因だった。インドネシアの労働人口の約4%にあたる約450万人に対して、総支給額は35兆ルピア(約2700億円)にも達した大規模な財政出動だった。
大統領選を意識した選挙対策の色彩が強い財政政策であり、バラマキ政策であると批判の対象にもなっている。財政の歳入不足は言うまでもなく、こうした財政支出が続けられるものではない。成長率はジェコ政権下最高を記録したが、インドネシアへの海外直接投資額はジョコ政権下で初めて減少に転じた。持続可能な成長戦略が描けているかという視点では、心許ないと言わざるを得ない。
インドネシアは2017年のデータでは、経済規模で世界16位となり、G20にも名を連ねる東南アジア最大の経済大国である。埋蔵資源も豊富に有り、人口も2億6千万人と多く、2050年にはGDPで世界5位以内に入る大国に成長するとの予測もある。こうした予想図からは、今後も成長が継続することへの期待は根強い。しかし、外国企業・投資家は、大統領選挙後の政権運営と今後の成長戦略の見極めをしたいとの心理が働いている状況である。
前回選挙では、僅差での争いだった。今回は、大半の世論調査では、ジョコ大統領が現職の強みを背景に優位を保っている。ただ、世論調査の信頼性は高くなく、接戦になった場合は、開票結果に異議が唱えられるリスクが指摘されている。ジョコ陣営が勝利しても、票差がわずかであれば、ジャカルタなどでイスラム教保守派が大規模な抗議活動を起こすこともうわさされている。
情勢が緊迫化して長期化した場合、株式市場でのセンチメントの悪化や、為替市場でインドネシアルピアに圧力がかかるとの予想もある。選挙の結果で国を二分するような事態にならず、今後も成長を続けられる「明るいインドネシア」の将来を見たいと願っている。
長谷川 建一
Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) CIO