市場は離脱期限延期を織り込み済み
4月10日欧州委員会は、首脳会議を開催し、英国のEU離脱期限を延期することを決定した。EU加盟国の多くは、1年程度の延期に賛成する意向を示していたが、英国のメイ首相が6月末までの比較的短期間の延期を望んだことや、フランスが期限の長期延期に強く抵抗したことから、約半年間(10月31日まで)延期することで決着した。なお、6月に開催予定のEU定例首脳会合で状況を再確認することも決まった。
期限の延期が決まったことで、暫定的な期限となっていた4月12日に、英国が合意なき離脱に至り、欧州全体が大混乱に陥る結果は回避された。ただ、期限の延期が決まっただけで、メイ英首相が、英下院を説得できるのか、英国がどの時期にどうEUから離脱するのかを決めるのか、そもそも離脱が実現するのか、全く先が読めない状況に変わりがない。
新たに期限として設定された10月31日までに、英国はEUとの離脱合意案を承認するか、離脱を撤回するかを決めなければ成らないことは不変である。過去半年の間、英議会内では、駆け引きばかりが先行し、議論はカラ回りして、何も決められないまま時が過ぎてしまった。次の6ヶ月で決め切れるのか、合意なき離脱に陥るシナリオは依然として残る。
実際、メイ英首相は、首脳会議後に記者会見し、本来なら英国は既にEU離脱を完了しているはずであり、離脱案について議会を説得できていないことを遺憾に思うと述べた。一方で、メイ首相は、6月30日よりも前のEU離脱が可能とも発言し、5月22日よりも前に離脱合意案を承認できれば英国が欧州議会選に参加する必要はないとの認識を示すなど、自身が英議会での議論の主導権を失った状態にあることをやや甘く見すぎているのではないかとも感じられる。
EU首脳の間でも、意見が分かれた。加盟国の多くが、やや長めに期限の延長を認めることにより、英国内の離脱強硬派が英国世論の間で離脱撤回の声が高まるのを恐れ、離脱協定案の支持に動くとの意見だったのに対し、マクロン仏大統領は、英国のEU残留を長期間認めた場合には、財政一元化などのEU内の統一に向けた動きに支障をきたすと強く反対した。
結局、EU首脳間では妥協して半年間の延期を決めたが、首脳会議後も複数の首脳が英国のEU離脱再延期の可能性を否定しないなど、先行き不透明感が色濃く残る。トゥスクEU大統領は、英国に対し、延長された6ヶ月という時間を無駄にしないよう、釘を刺した。メルケル独首相は、今回の合意について、秩序だった離脱を実現するためには最善の策であり、対案はないとの認識を示した。
今回の決定に対する市場の反応は薄かった。一定期間の延期で決着することは織り込み済みであった上、英国のEU離脱について、何も方向感が定まっていないということは変わらないからである。外国為替市場では、1ユーロ=1.12米ドル台後半、1ポンド=1.30米ドル台後半で、ユーロもポンドも小動きに終始した。
欧州経済に対する見方はIMFも厳しく下方修正
4月8日にIMFが発表した世界経済予測 (3ヶ月ごとに更新)では、世界経済にとって2019年は、デリケートな局面になるとの表現した。その中でもとりわけ、ユーロ圏では予想以上に成長の勢いが失われているとして、2019年の成長率を1.3%に引き下げ、厳しい見方を示した。3ヶ月前の予想ではユーロ圏の2019年成長率を1.6%成長と予測していた。今回の下方修正は大幅である。
背景には、消費者心理と企業景況感の悪化、新排出基準の導入により生じたドイツの自動車生産の混乱、ソブリン債スプレッドの拡大に伴うイタリアでの投資縮小、アジア新興市場国からの需要を中心とした外需の減少が挙げられている。とりわけ景気後退の深刻化と重なった場合には、イタリアでの財政不安の長期化や国債利回りが高止まりして、企業の資金繰りが苦しくなるなどなど、悪影響がユーロ圏諸国に波及しかねないとして警告している。
英国の合意なきEU離脱という最悪のシナリオは一時的に回避されたが、デリケートな状態にある世界経済の最大のリスクは欧州経済にあるという筆者の見方は不変である。引き続き、ユーロは、1.12米ドルの支持ラインを下回って下落することを危惧している。この場合、少なくとも1.08ドル、下回った場合には2017年1月以来の1.04ドルすら視野に入る展開を予想している。
長谷川 建一
Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) CIO