9日に実施されたイスラエルの総選挙は、与野党両陣営が「勝利宣言」を行うなど、予想通りの接戦となり、双方とも過半数には届かない見込みだ。政治的緊張は高まっており、金融市場への影響が懸念される。選挙絡みでは、3月25日に米トランプ大統領がゴラン高原のイスラエル主権を認める決定をしたことが、間接的にトルコリラの下落に影響している。本記事では、Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence BankのCIO長谷川建一氏が、リラ下落の本質的な背景を解説、今後の展開を予測する。

「ゴラン高原のイスラエルは主権」にトルコも反発

3月25日、トランプ米大統領は、第3次中東戦争中1967年にイスラエルが占領し、1981年に併合していたゴラン高原について、イスラエルの主権を認めることを決定し、宣言書に署名した。ゴラン高原は、イスラエルによる占領後も、シリアとの間で領有権を争っている地域である。国際社会は、この決定は国連決議違反であるとして米国に同調する国はなく、特にイスラエル周辺のアラブ諸国からは強い反発となって表れた。

 

3月27日には国連安全保障理事会の緊急会合がシリアの要請に基づき開催され、米国以外の理事国から、米国を強く非難する声が挙がった。アラブ連盟は3月31日、首脳会議を開催して、トランプ米大統領の決定を批判、国際司法裁判所の法的な意見を求める方針を確認した。

 

この問題は、単に、ゴラン高原を領土として争うイスラエルやシリア、周辺国であるアラブ諸国の問題にとどまらない。シリアを支援しているイランやロシア、そしてロシアに接近し米国に反発を強めるトルコは、いずれもこの問題に関心が強く、ただでさえ紛争の種が尽きないこの地域に、また一つ国際問題の種が蒔かれることになり、問題を複雑化する。

 

ロシア、イランの外交筋は、ゴラン高原はシリアに帰属するもので、これを変更することは国連の決定に違反すると明確に述べて、米国の決定に反発した。トルコのエルドアン大統領も、トランプ大統領の決定は、中東地域にとっての新たな危機だと述べて、米国を強く非難した。

 

トランプ大統領のパンドラの箱を開けるような決定の背景には、総選挙を控えて劣勢が伝えられるネタニヤフ・イスラエル首相を側面支援するという目的もあったようだ。4月9日に投票された総選挙では、ネタニヤフ首相率いる与党「リクード」と中道野党「青と白」の獲得議席が伯仲する見込みで、両陣営はそれぞれ勝利宣言を行うという混迷の状況である。最終的には双方とも単独過半数には届かず、ネタニヤフ首相は他右派勢力の協力を得て、連立政権を維持する見通しが伝えられている。

 

選挙結果は、汚職疑惑をはじめ、ネタニヤフ氏への批判は、相当に強まっていることの現れであろう。いずれにしても、ネタニヤフ首相が政権を維持すれば、当面、イスラエルとアラブ諸国との緊張は緩和しない見通しである。

もはや流動性の抑制では「リラ離れ」は解決しない

金融市場への影響も出始めている。ゴラン高原の問題は、政治的な問題だが、トルコが米国と政治的な軋轢を強めた昨年夏に、トルコリラが急落したことから、トルコリラへの下落圧力となっている。トルコは、NATO加盟国であるにもかかわらずソ連製ミサイルの購入を決定したことに続いて、今回のゴラン高原問題で、トランプ米大統領に対し、エルドアン・トルコ大統領が猛反発し対決姿勢を露わにしていることで、米国とトルコの政治的な緊張が高まるとの懸念が、広がっている。

 

タイミングの悪いことに、トルコ中央銀行が公表するデータの中で、3月15日までの1週間で、トルコの外貨準備高が約30億ドル減って737億8000万ドルに減少したこと、トルコ国内の個人投資家の外貨預金残高が、16億4000万ドルも急増して、過去最高の1057億ドルに達したことが明らかとなった。政治的な不透明感に加えて、外貨準備高の急減や外貨預金残高の急増など資本流失を連想させる要因が、トルコリラ売りの圧力を示唆するもので、市場はこれを不安視した。

 

さらに、3月22日には、大手米銀が調査レポートの中で、対ドルでのリラ売りを推奨したことも、リラ売りのきっかけとなった。トルコリラは、1リラ=0.17米ドル台まで下落した。また、資本流失からトルコのデフォルトリスクも意識され、2年物トルコ国債の利回りは、20%を上回ったほか、トルコ国債のCDSも5年ゾーンで450Bps(ベーシスポイント)と昨年8月以来の水準に上昇した。

 

翌日23日には、銀行調整監視機構(BDDK)が、上記レポートが市場を操作する意図で書かれており、投資家を誤った方向に導くもので、リラの過度の変動を招いたと、この大手米銀を非難した。これとは別に、BDDKは複数の銀行が不当な手法により顧客に為替取引を実行させたとして、銀行の調査を始めたと発表した。

 

エルドアン大統領も24日、投機に荷担した銀行は処罰する方針を発表して、締め付けに出た。しかし、こうした政治介入や警告は、かえってトルコへの不信感を増幅させてしまうことになる。

 

BDDKは、昨年夏のリラ急落後、外国勢によるリラの一斉売りを抑制するため、国内銀行が外銀に貸し付ける額を株主資本の25%までに制限した。これにより、トルコリラの流動性は枯渇し、リラの売却・空売りは事実上不可能になっている。そのため、リラは、一旦値を戻し1リラ=0.18米ドル台を回復する局面もあったが、値は維持できず、1リラ=0.17米ドル半ばに反落した。

 

人為的なリラの流動性不足は、かえってリラを保有することへの懸念を強めるばかりで、リラ離れは本質的に解決しないだろう。

揺らぐエルドアン政権の足元…リラは当面不安定か

トルコでは3月31日に統一地方選が実施された。エルドアン大統領率いる与党は、イスタンブール首長選では接戦の末、勝利したものの、首都アンカラと首都圏、地中海沿岸の主要都市では野党が地すべり的な勝利を収めた。政治的にエルドアン政権の足元が揺らぐ兆候が見られ、経済面でも整合的でない経済政策を繰り出すエルドアン政権に対して、投資家からの信認は回復していない。トルコは、当面、経済・金融面では厳しい状況が続き、トルコリラも不安定な動きになるだろう。

 

 

長谷川 建一

Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) CIO

 

 

本稿は、個人的な見解を述べたもので、NWBとしての公式見解ではない点、ご留意ください。

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