人間よりも、早くて正確ながん診断が可能な「AI」
AIの登場によって医師のあり方が大きく変わるのではないかと考えられています。
たとえば、2016年に行われた「CAMELYON16」という、AIと医師の画像判定コンテストの結果が論文として発表されています。コンテストでは乳がんの転移を調べるための画像判定にAIが挑み、同じく画像判定にチャレンジした11人の医師と成績を比べました。
挑戦者としては、世界中から集められた優秀な医師が参加しました。実際に臨床の現場で病理医として働く医師たちです。うち1人は研修医ですが、平均で16年ほどの経験を持っていました。
すると、AIの画像判定能力の優秀さが改めて認められたのです。AIはディープ・ラ―ニング(深層学習)と呼ばれる技術を活用して、医師と画像判定技術を競い合いました。その結果、優勝したのはハーバード大学とマサチューセッツ工科大学の研究チームが開発したAIだったのです。
判定基準は「転移をどれだけ見逃さなかったか?」と「転移がないものをないと判断できたか?」の2つ。これらの要素から数値を導き出し、数値が多い方が優秀であると判断されます。その結果、AIのAUC(Area Under the Curveのこと。AUCは0から1までの値をとり、値が1に近いほど判別能力が高いことを示す)は0.994と、11人の医師の平均値である0.810を大幅に上回りました。
さらに研究結果では、医師に時間無制限で画像を見てもらった場合の成績も比べています。すると、医師のAUCは0.966と大幅に上昇し、優勝したAIとも遜色ない成績になりました。
ただし、無制限に画像を判定した場合の、所要時間は約30時間です。それに対してAIは数秒単位で極めて優れた判定を出しています。短い時間に正確に判断できるとなれば、臨床の現場で非常に役立つことは容易に想像できます。
開発途上とはいえ、今後のキャリアへの影響も考慮を
乳がんの画像判断だけでなく、さまざまながんの画像検査を中心に、AIが人間の医師の成績を上回る研究結果が次々と発表されているのです。
たとえば、2016年8月に行われた東京大学医学研究所で、IBMが開発した人工知能(Watson)を活用したガンのゲノム(全遺伝子)治療も注目を集めました。
患者の遺伝子における塩基配列を解析し、ガンを生み出す突然変異を起こす遺伝子を特定し、遺伝子に合わせた薬を投与するというのが、ガンのゲノム治療。ところが、その治療を行うためには、膨大な遺伝子情報からガンを引き起こす突然変異を発見するという方法しかありません。
具体的には、スーパーコンピュータで細胞の変異についてのデータを抽出。そのデータを論文や報告書と照らし合わせて調べると言う方法です。ところが、ゲノム治療に活用できる生物医学の論文は2600万件もあり、紙にすると富士山の高さを超えるほどあると言われています。幸い、全ての論文はデジタル化されており、自然言語による文章理解が可能なWatsonを活用すれば、論文に符合する治療法を適用できるようになります。東大病院にWatsonが研究目的で導入されたのが2015年7月。導入されてすぐに目覚ましい効果を発揮しました。
ある血液ガンを患っていた女性患者がいました。ガンが進行すると様々な血液が作れなくなり、やがて骨髄性白血病に至ります。治療では二種類の抗ガン剤治療を受けていたと言いますが、病状は悪化して一時は死を覚悟していたと言います。すでにその女性のゲノム解析が終わっており、データが抽出されていたので、Watsonによる分析を実行したところ、たった10分間で解析が終わり、提示された結果を確認。別の白血病を発症している可能性があることが分かりました。その白血病は対応可能な突然変異によるものだったため、すぐに新しい抗ガン剤を使用したところ、病状は完全に回復し、その女性は約二カ月後に退院をしたと言います。
まだまだAIも開発途中ですが、画像診断に関わる医師の業務のいくつかはAIに任せた方が結果も効率も良い、という時代が来てもおかしくはありません。AIが今後、どのように医療現場に取り入れられるかによって、医師のキャリアも大きく変わっていく可能性があるのです。
藤城 健作
ウェルス・コンサルティング株式会社 代表取締役社長