今回は、遺言書の効力とその重要性について見ていきます。※すべての人の人生で必ず発生する法律問題、それが「相続」です。平成30年には、相続に関する法律として「配偶者居住権」をはじめ、相続人以外の功労者への特別寄与制度の創設など、約40年ぶりの大幅改正が行われました。本連載は、相続の基本から今回の法律の改定内容まで、わかりやすく解説します。

自分の財産をどう処分するかは、本人の自由だが…

我々が働いて得た不動産や預金等の財産は、その人の所有物・権利として保護されており、その人が、それらの財産を、どのように処分するかもその人の自由です。

 

このような「私有財産制」を、その人の死後も尊重するため、民法は、相続における「法定相続人」と「法定相続分」の制度を設け、一定の近親者に遺産を承継させることにしました。

 

しかし、「自分の財産は、それをどのように使おうが、処分しようが自分の勝手だ」という「私有財産制」を貫徹させるためには、我々個人誰もが、「自分の死んだ後には、自分の財産は、誰に承継させる」という「遺言書」を作成すべきです。

 

前述しましたように、平成二八年一二月一九日に、最高裁判所は、それまでの考え方を改めました。すなわち、被相続人が死亡し、「相続」が発生しただけでは、各相続人は、不動産や預金等の各遺産に関して、相続分に応じた共有持分権を取得するのみであり、銀行等に対して、払戻請求等の権利行使をするためには、相続人全員での遺産分割協議と「遺産分割協議書」(合意書)の作成が必要である旨判示しました。要するに、相続人全員の合意がなくては、「遺産」に手をつけられなくなったのです。父親が亡くなり、その葬儀代や配偶者である母親の生活費を銀行から引き出そうとしても、相続人全員の合意がない以上、払戻しを受けることができなくなりました。

 

もっとも、この不都合に対処するため、今回の改正法で、各相続人は、銀行等の金融機関に対し、被相続人の死亡時の預貯金残額の三分の一に法定相続分を乗じた額の限度で払戻請求をすることができるようになったことを付言しておきます。

 

それはともかく、我々は、「遺言」を書いておくべきです。「遺言」があれば、全員の合意(遺産分割協議書)がなくても、相続人各自は、遺言の内容に従った権利行使ができるのですから。

自分の死後、最愛の人たちを争わせてはならない

平成二八年末の最高裁決定によって、「遺言」の重要性がますます大きくなったと言えます。自殺する人が直前に書くのは「遺書」です。この「遺書」と「遺言」は全く違います。遺言」とは、自分の死後、自分の遺産を、誰にどのように承継させるかを書面に示した被相続人の意思表示です。

 

「遺言」には、「遺書」と同様に、「死後のこと」という何かマイナスイメージがついているのか、大部分の人は、まだ「遺言書」を作成していないようです。自分が懸命に働いて形成した財産を、自分の最愛の人たちにどのように承継させるかを明示して、自分の死後、自分の最愛の人たちが相争うことのないように、私たちは皆、すべて自分の「遺言書」を作成すべきです。

 

「遺言」は、何度でも書き直しができます。その人が書いた何通かの「遺言」が見つかったとき、有効になるのは、一番新しい「遺言」の内容です。ですから、私たちは、一年に一度、その前の一年間を振り返って、周りの誰が一番自分によくしてくれたか等を判断して、「遺言書」を書き直していけばよいのです。その際、その時々の自分の財産(マイナスの借金も含めて)を整理して、その一覧表(目録)を作るべきです。この財産目録があれば、相続人たちを煩わせることなく、遺産の承継がスムーズにいきます。

 

子供もなく、親もすでに死亡していて、妻と自分の兄弟姉妹だけが相続人の場合、遺言がなければ、妻の相続分は四分の三、兄弟姉妹の相続分は四分の一となります。この場合妻は、夫の死亡後、兄弟姉妹に相続分を渡すために、長年夫婦で居住していた自宅を売却して、兄弟姉妹に相続分を渡さなければならないということになりかねません。そうでなくても、妻とその夫の兄弟姉妹とは、従前、親しい交流などない場合がほとんどで、両者の間で、円滑な遺産分割の話合いが行われるのは困難です。現に、私が代理人として関与したもので、次のようなケースがありました。

 

年配の女性の方が私の事務所に相談に来られました。その女性曰く、「主人と私の間には子供がなく、その主人が病気で入院して、かなり重篤な状態にあるが、主人は遺言を書いていないと思う。主人の財産は、その一部を住居としている都心のビルがメインで、あとはわずかな預金と有価証券があるのみである。主人には、弟と妹がいる」とのことでした。私は、その女性に対して、「この後すぐに病院へ行って、ご主人に、『すべての財産を妻に相続させる』旨の遺言を書いてもらいなさい」とアドバイスし、その女性は病院に向かいました。そしてその女性からの電話によると、「担当の先生から、ご主人に遺言を書かせるのはもう無理な状態だと言われた」とのことでした。その後、ご主人が亡くなり、案の定、その女性とご主人の弟・妹との間で、遺産分割の話合いが難航しました。

 

後述のように、夫の兄弟姉妹には「遺留分」はありませんので、夫が遺言書を書いておけば、そのとおりの結果が確保され、揉めることはなかったのです。

遺言書は遺留分に配慮し、「付言事項」も忘れずに

以上のとおり、被相続人の遺言があれば、その人の遺産は、第2回で「述べた「法定相続人」の制度も、第3回で述べた「法定相続分」の制度も関係なく、原則、その遺言の内容どおりに承継されることになります。ただし、民法は、兄弟姉妹以外の相続人については「遺留分」というものを認め、近親者が一定の遺産を承継できるようにしています。

 

「遺言」があることによって、相続人である子供たちが相争うようなことになっては、元も子もありませんので、「遺言」を作成する場合には、どうしてそのような「遺産分け」をするのかが相続人にわかるような説明(「付言事項」と言います)も書いておくべきですし、法定相続人の「遺留分」を甚だしく侵害しない内容の「遺言」を作成すべきです。

 

なお、被相続人の借金(負債)については、被相続人が遺言で、「自宅を相続した長男が支払え」と書いても、借金の貸主(債権者)に対してはその効力はなく、法定相続人が、法定相続分で支払義務を承継しなくてはなりません。

 

「遺言」は、遺言者が死亡した後に効力が生じ、問題となるものですから、信頼できる人を「遺言執行者」として記載することができます。「遺言」の内容からして、遺言者の意思と相続人らの意思が対立するおそれがある場合等に第三者を遺言執行者とすることが考えられます。この場合、この遺言執行者が、その「遺言書」の内容を実現する権限を持つことになります。弁護士等の専門家を「遺言執行者」とすることもできますし、相続人や受遺者を「遺言執行者」とすることもできます。

 

遺言執行者となった者は、さらに弁護士等の第三者にその任務を代わってやってもらうことができます。改正法では、遺言執行者は、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければならないことになりました。

 

遺言者より先に、受遺者が死亡してしまった場合には、その「遺言」は無効となります。これに対しては、遺言書に、例えば、「遺産を長男に相続させる。しかし、長男が遺言者より先に死亡した場合には、長男の子〇〇に相続させる」等の内容を併記して対処することになります。

 

申すまでもありませんが、「遺言」を作成したからといって、遺言者は、その遺言の内容に拘束されるものではなく、「〇〇銀行〇〇支店の預金を妻に相続させる」と遺言書に記載していても、その預金を使ってしまうことも遺言者の自由です。

 

遺言者が死亡した時に存在する遺産について、「遺言」の記載に従って、遺産が承継されることになります。

 

「遺言書」を作成すれば、配偶者に、自宅不動産の所有権を相続させるのか、「配偶者長期居住権」を相続させるのかも明らかにできますし、遺産を相続人以外の者に承継させることも可能となります。

 

改正法は、遺言者が、遺言で、「不動産はすべて長男に相続させる」と記載していたとしても、次男が遺産である不動産に自己の相続分の共有持分登記をして、この共有持分権を事情を知らない第三者に売却し、その第三者が先に転登記をした場合には、長男はもはや自分が不動産全部を相続したことを主張しえないとしました。

 

 

久恒三平
久恒三平法律事務所 所長
弁護士

 

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久恒 三平

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