今回は、遺産分割協議について見ていきます。※すべての人の人生で必ず発生する法律問題、それが「相続」です。平成30年には、相続に関する法律として「配偶者居住権」をはじめ、相続人以外の功労者への特別寄与制度の創設など、約40年ぶりの大幅改正が行われました。本連載は、相続の基本から今回の法律の改定内容まで、わかりやすく解説します。

遺言書がない場合は「遺産分割協議」が必須

これまでの連載で繰り返し述べてきましたように、人が死亡した場合、その人が生前に「遺言書」を書いていれば、その内容に従って、その人の遺産の承継がなされますし、「遺言書」がない場合には、法定相続人が、法定相続分に従って、遺産を承継することになります。

 

しかし、法定相続人が法定相続分に従って死亡した人の遺産を承継すると言っても、最高裁判所の考え方が変わって、各相続人は、被相続人の不動産や預金等の各遺産について、共有持分権を取得できるだけであるということになりました。

 

したがって、各相続人が、遺産について、単独の承継人となり、実際に払戻請求等の権利行使をするためには、相続人全員による「遺産をどのように分けるか」の話合い、すなわち「遺産分割協議」が不可欠なものとなりました。

 

もっとも、前述しましたように、今回の改正法で、各相続人は、単独で、銀行等の金融機関に対し、一定額の払戻請求ができることになりました。

 

相続が発生し、被相続人の「遺言書」がない場合には、相続人全員による「遺産分割協議書」(図表1)を作成しなくてはなりません。

 

[図表1]遺産分割協議書

 

一定の遺産があって、相続税の申告・納付が必要とされる場合には、この「遺産分割協議書」を作成して、相続税の申告・納付をすることになります。

 

そして、「遺言書」がある場合にも、法定相続人全員の協議で、「遺言書」の内容と異なる遺産分けの取り決めをすれば、その取り決めである「遺産分割協議書」が「遺言書」に優先して、効力を有することになります。もっとも「遺言書」の中に、相続人でない者が受遺者として登場して、その者が一定の遺産をもらい受けることになっている場合には、相続人だけで遺産分割協議をしても、それをその受遺者に主張することはできません。

 

このように、相続人全員で作成する「遺産分割協議書」が最終的な遺産分けの具体的な内容となります。

 

このような「遺産分割協議書」はいつまでに作成しなくてはならないのでしょうか。実は、これには期限はありません。ただ、長引けば長引くだけ、相続人が死亡して、「相続人の相続」が発生したりして、相続人である関係者がどんどん増えてきて、何代にもわたり、「相続人全員の合意」を得ることが大変なこととなります。このため「遺産分割協議書」の作成を先延ばしにすべきではありません。

「遺産分割協議書」には相続人全員の合意・捺印が必要

「遺産分割協議書」は、相続人全員の合意が必要です。私が関与した案件で次のような例がありました。

 

相談者は女性の方でした。彼女は、「父親が死んで、相続人は私たち子供四人だが、父と同居していた長男である兄が、父の不動産等すべての遺産を相続するので、私たち妹・弟に対して、ハンコをついてほしいと言ってきた。私以外の弟・妹は、ハンコ代五〇万円をもらって、すでにハンコを押している。私もハンコをつかなくてはならないか。私は、長男は嫌いでないが、長男のお嫁さんが嫌いだ」と言います。

 

それに対して、私は、「お父さんの遺言書がない以上、兄弟姉妹四人で四分の一ずつお父さんの遺産を相続しているのだから、あなたは、その権利を主張できる。長男が応じなければ、家庭裁判所に遺産分割の調停申立をすればいい」とアドバイスしたところ、その女性から、「自分の代理人として長男と交渉してほしい」と依頼されました。そこで、私は、長男に対して、「私が妹さんの代理人となったので、お父さんの遺産分割の話合いをしましょう。話合いに応じてもらえなければ、家庭裁判所に調停の申立てをします」と内容証明郵便で通知書を出したところ、長男が叔父さんと一緒に、私の事務所に駆けつけて来ました。そして、長男は、「妹に対して一〇〇〇万円支払うので、遺産分割協議書に署名・捺印してほしい」と言います。そのことを、依頼者の妹さんに伝えたところ、その妹さんは、「長男は嫌いじゃないので、それでOKします」と答えましたので、それで解決することになりました。

 

このケースで、長男が私の事務所に飛んで来て、「一〇〇〇万円支払うので解決してほしい」と言ったのは、私が遺産分割の調停申立をすると、すでに署名・捺印している他の弟・妹に対しても、ゼロから遺産分割の話合いをしなければならなくなるからです。「遺産分割協議書」は、相続人全員の署名・捺印がない以上、有効なものとはならず、遺産分割の調停の席で、すでに署名・捺印している他の弟や妹も四分の一の法定相続分を主張できることになります。私が妹さんの代理人として調停の申立てをすると、まさに「寝た子を起こす」ことになるのです。他の弟・妹が五〇万円だったのに対し、私の依頼者の妹さんは一〇〇〇万円を手にすることができました。

 

以上のように「遺産分割協議書」には、相続人全員の署名・捺印が必要ですが、捺印は「実印」であることを要しません。しかし、銀行や法務局は、実印と印鑑証明書を要求しますので、各自が実印を押し合うべきです。

 

なお、例えばA男が死亡し、その相続人が妻Bと子供C・D・Eとした場合に、子供のうちDとEが未成年者である場合には、家庭裁判所にDとEのそれぞれの特別代理人を二名選任してもらって(図表2)、妻Bと子供C、Dの特別代理人、そしてEの特別代理人の四名が署名・捺印した遺産分割協議書を作成しなくてはなりません。なぜなら、妻Bは未成年の子供D・Eの法定代理人である親権者ですが、A男の遺産相続に関して、妻Bと子供D・Eは、利益が相対立する立場にあると評されるからです。

 

[図表2]特別代理人選任申立書

 

さらに、銀行や法務局は、被相続人(死亡した人)が生まれてから死亡するまでの戸籍謄本や除籍謄本の添付を要求しますし、被相続人の死亡以前に死亡している相続人がいて、代襲相続が発生する場合には、その亡くなった相続人についても、生まれてから死亡するまでの戸籍謄本や除籍謄本を取り揃えることが要求されます。

 

この点に関して、平成二九年五月より、「法定相続情報証明制度」が導入されました。すなわち、相続が発生した場合に、相続人が、法定相続人の一覧図を作って戸籍謄本などと併せて法務局に提出し、その証明書(認証文付き法定相続情報一覧図)を必要な通数発行してもらうと、戸籍謄本等の現物の代わりに、遺産分割協議書にその証明書を添付したものを法務局や銀行等に提出して、登記や払戻請求等ができることになりました(図表3)。

 

図表3]法定相続情報一覧図

 

「遺産分割協議書」の内容は、相続人全員の合意があれば、遺言や法定相続分に従う必要はなく、どのような内容にするか、自由に決めることができます。

 

 

久恒三平
久恒三平法律事務所 所長
弁護士

 

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