今回は、遺産分割協議がまとまらなかった場合の解決策を見ていきます。※すべての人の人生で必ず発生する法律問題、それが「相続」です。平成30年には、相続に関する法律として「配偶者居住権」をはじめ、相続人以外の功労者への特別寄与制度の創設など、約40年ぶりの大幅改正が行われました。本連載は、相続の基本から今回の法律の改定内容まで、わかりやすく解説します。

遺産分割協議がまとまらず、調停に発展した例

相続人間で、「遺産分割協議」の話合いがまとまらない場合に、決着をつけるためには、家庭裁判所に「遺産分割の調停申立」をすることになります(図表1)。

 

[図表1]遺産分割調停申立書

 

私が代理人として関与して、最近解決したケースを紹介します。

 

子供のいない夫婦がいたのですが、まず、夫が死亡して相続が発生しました。その相続人は、妻と夫の兄弟姉妹及びその子供たち七名でしたが、「遺産分割協議」の話合いがまとまらないうちに、今度は妻が死亡し、妻の相続人として、妻の兄弟姉妹とその子供たち一〇人が相続人となり、「ダブル相続状態」となりました。

 

相続人が総勢一七名もいたため、行政書士や司法書士の方が間に入って尽力したのですが話合いでの解決は無理でしたので、家庭裁判所に「遺産分割調停の申立」をし、遺産である不動産を売却して、その代金を相続分で分けるということで何とか調停を成立させて、解決することができました。このケースで、解決を先延ばしにしていたら、芋づる式に相続人が増えていって、解決がさらに困難になったはずです。

実際の遺産分割の「調停」から「訴訟」までの流れ

「裁判手続」の中には、「訴訟」と「調停」があります。「訴訟」は判決に向けて「原告」と「被告」の両当事者が主張・立証の攻撃・防御を尽くしていくものですが、「調停」は、裁判所での話合いです。そうは言っても「調停期日」が定まって、「呼出状」が届くと、出頭義務が生じ、正当な理由なく欠席した場合には、「過料」が科せられることになっています。

 

この「遺産分割調停申立」の際に注意しなくてはならないのは、相続人全員が「申立人」か「相手方」のいずれかに入っていなくてはならず、全員を当事者として申立てをしなくてはならないということです。

 

例えば、夫が死亡して、その相続が発生し、相続人は、妻と子供二人だとします。このとき相続人である妻が高齢で、認知症等で判断能力に問題がある場合には、「遺産分割調停申立」に先立って、家庭裁判所に「後見人選任の申立」をしなくてはなりません(図表2)。裁判所で選任した医者の鑑定で、母親に「判断能力がない」ということが確認された場合には、家庭裁判所に選任された「後見人」が妻の代わりに当事者となります。

 

[図表2]後見・保佐・補助 開始申立書

 

今後、ますます「高齢化社会」となり、認知症患者等が増えてきた場合、この「後見人選任申立」が必要となってきます。

 

なお、「遺産分割調停の申立」をする家庭裁判所は、相手方の住所地の最寄りの家庭裁判所に申し立てなくてはならないことになっています。兄弟姉妹のうち、一人が遺産分割案に反対しており、その人が遠方に住んでいる場合、近くに住んでいる分割案に賛成の一人を、反対している人とともに「相手方」にして、近くの家庭裁判所に調停申立をするということもあります。

 

家庭裁判所の調停期日には、裁判官一人と民間から選ばれた調停委員二名の計三名で、手続が進められていきます。多数の事件を担当している裁判官は忙しくて、通常は二名の調停委員が、「申立人」と「相手方」双方から事情を聞いて、「合意形成」を目指していきます。

 

遺産分割の調停においては、

 

①相続人全員が当事者となっているかどうか

②遺産に漏れがないかどうかという遺産の範囲の問題

③寄与分はあるか

④特別受益はあるか

 

という四点について確認が行われていきます。

 

①の「相続人全員が当事者となっているかどうか」については、申立人が、被相続人・相続人らの戸籍謄本・除籍謄本・改製原戸籍のすべてを取り寄せて、裁判所に提出しなくてはならず、それらの書類で被相続人の相続人全員が揃っているかどうかが確認されます。ただし、前述した平成二九年より実施されることになった「法定相続情報証明制度」による法務局の「認証文付き法定相続情報一覧図」を提出すれば、戸籍謄本等の提出が不要となりました。

 

②の「遺産に漏れがないかどうかという遺産の範囲の問題」も、調停手続の中で問題となります。例えば、被相続人の父親と同居していた長男が、生前、父親の財産管理を事実上行っており、父親の預金を代わって引き出したりしていた場合、そのお金がどう使われたかを巡って、父親の死亡時に残っていた預金残高だけが遺産なのかということが問題となります。この点について、当事者の合意が得られない場合は、別途、訴訟を起こして、決着をつけなくてはなりません。調停の実務を見ていると、やはり「使った者、隠した者勝ち」の感は否めません。

 

なお、被相続人が掛けていた生命保険の「受取人」が特定の相続人だとしても、その生命保険金は「遺産」ではありません。保険金は、その「受取人」が、相続とは別の、生命保険契約で取得したものと考えられるからです。したがって遺産分割協議の対象となりません。

 

遺産分割協議の調停で不動産とともに一番問題となる被相続人の「銀行預金」は、今までは、相続人全員の同意があった場合に、分割協議の対象となったのですが、平成二八年末の最高裁決定によって、当然に遺産分割協議の対象となることになりました。

 

さらに、改正法は、相続開始後に、共同相続人の一人が遺産に属する財産を処分した場合、他の相続人全員が合意すれば、その処分された財産も遺産に含まれるものとして、分割手続を進めることができるものとしました。

 

③の「寄与分」とは、相続人の中に、被相続人の生前に、被相続人の事業に貢献したり、被相続人の療養看護に尽力したりして、被相続人の財産の増加や維持に特別の寄与をした相続人がいる場合には、その寄与分を予め控除しておいて、法定相続分で遺産を分けて、その後、「寄与者」にその寄与分をプラスして分け与えるというものです。長男が父親の事業をずっと手伝ってきたとしても、その間、給料をもらっていた場合には、「特別の寄与」とは認められませんし、妻や子供が、夫や父親を看病するのは、法律上元々認められている夫婦の同居協力扶助義務や親族の扶養義務の履行であるとされ、「特別の寄与」とはなかなか認められません。しかし、例えば、相続人である子供が三人いる中で、長男とその嫁が、被相続人である父親と同居しており、認知症の父親の介護をし、面倒をみてきたという場合には、その貢献を「寄与分」として評価すべきです。

 

④の「特別受益」とは、要するに「遺産の前渡し」を意味します。相続人の中に、被相続人の生前に、事業開設資金や結婚の持参金等としてまとまった現金の贈与を受けた者がいる場合には、被相続人の遺産に、それらの「特別受益分」を加えたものを遺産として、それを法定相続分で分けた後に、「特別受益」を受けた相続人の相続分からその特別受益額を差し引くというものです。

 

ただし、特定の相続人が「特別受益」を受けていたとしても、被相続人が、「その特別受益を考慮しなくてもよい。特別受益分を遺産に戻さなくてもよい」という意思表示(これを「持ち戻し免除の意思表示」と言います)をしていた場合には、その「特別受益」を考慮することなく、平等な法定相続分が認められます。この「持ち戻し免除の意思表示」は、黙示の意思表示でもよいとされていることから、例えば、長男が被相続人の事業を一生懸命に手伝っていた場合に、被相続人が長男の住宅購入資金を援助してやったことがあるとしても、この「持ち戻し免除」の意思表示があったと言える余地があります。

 

改正法は、婚姻期間が二〇年以上である配偶者の一方が他方に対し、居住用の土地・建物を遺贈または贈与した場合には、この「持ち戻し免除」の意思表示があったものと推定するとの規定を新設しました。「高齢配偶者の保護」という趣旨です。この「持ち戻し免除」の意思表示の推定は、新設の「配偶者長期居住権」が遺贈された場合にも適用されます。しかし、前述しましたように相続開始前一○年以内に相続人に対してなされた贈与は遺留分侵害額請求の対象となりますが、そのこととどう調整するのかという問題があります。「調停」においては、以上のような「遺産の範囲の問題」や「寄与分」や「特別受益」の主張が問題とされて、何回か期日が開かれて、遺産分割協議が進められていきます。あくまで「調停」という話合いの場ですから、当事者全員の合意が得られれば「調停成立」になりますが、全員の合意が得られなければ「調停不成立」ということになってしまいます。

 

この「調停不成立」の場合、申立人が「調停の申立」を取り下げない場合には、家庭裁判所の手続は、そのまま「審判」に移行してしまいます。

 

家庭裁判所の「審判」は、「訴訟」における「判決」と同じように、裁判官が、「被相続人の遺産をこのように分けなさい」という決定であり、命令です。当事者は、それに従わなくてはなりません。

 

この「審判」に移行する場合、前述の「寄与分」を主張する者は、改めて「寄与分」の申立てをしなくてはならないことになっています(図表3)。

 

[図表3]寄与分申立書

 

審判は、原則として、法定相続分に従った分割が命じられますが、被相続人の家業や住居の同居者等を考慮して、一定の不動産や株式を特定の相続人に相続させ、その代わり、その者は、他の相続人に代償金(現金)を払わなくてはならないというような審判もあります。もちろん、不動産を売却して、その代金を法定相続分で分けなさいという審判もあります。「寄与分」や「特別受益」に関しては、それを主張する者に立証責任があります。

 

私が代理人として関与した「遺産分割事件」で、調停が不成立になり、審判に移行した例があります。依頼者は、独立した時に、父親から事業資金を出してもらったことを認めたのに対し、父親と同居していた長男(依頼者の兄)は、病気で寝たきりの父親の銀行口座から毎月五〇万ないし一〇〇万円の金をカードで引き出した事実があっても、「それは、あくまで父親の意思で父親が使ったものだった」と強弁しました。審判では、「事業資金を出してもらった」ということを認めた私の依頼者だけが「特別受益」を受けたものと認められ、その分を差し引かれた遺産の取得しか認められませんでした。これに対し、「カードでの現金引き出しは父親の意思で、父親が使ったものだった」と言った長男の方は、「特別受益の立証がなされていない」ということで、その分を引かれずに、法定相続分の承継が認められました。

 

<ここまでのポイント>

 

●人が死亡して「相続」が発生した場合、被相続人の「遺言」があればそれに従い、「遺言」がなければ、「法定相続人」が「法定相続分」で遺産を承継する

 

●しかし、「法定相続人」が「法定相続分」で承継するのは、各遺産に対する共有持分権であり、遺産の具体的な配分を行うためには、相続人全員で協議

●合意した「遺産分割協議書」の作成が必要である

 

●ただ、改正法は、被相続人の預貯金について、遺産分割協議が成立していなくても、相続人各自が単独で一定額の払戻請求ができることにした

 

●共同相続人全員が合意すれば、被相続人の「遺言」や「法定相続分」に反するような「遺産分割協議書」を作成することもでき、それが有効となる

 

●「遺産分割協議書」作成は、いつまでにしなければならないという期限はないが、時間が経過すればするほど、「相続人」が増えてきて、合意形成が困難となることから、できるだけ速やかに行うべきである

 

●相続人間で「遺産分割協議」がまとまらないときには、家庭裁判所に「遺産分割の調停申立」をすべきである

 

●家庭裁判所での「遺産分割調停期日」では、①相続人の確定 ②被相続人の遺産の確定 ③寄与分の有無 ④特別受益の有無が確認されることになる

 

●「遺産分割調停期日」に、共同相続人間で「遺産分割」の合意が得られない場合には、「調停」が不成立となり、手続はそのまま「審判」に移行して、裁判官が、「相続人間で遺産をこのように分けなさい」という決定を下すことになる

 

 

久恒三平
久恒三平法律事務所 所長
弁護士

 

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久恒 三平

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