倉田の愛人・マナミの家に居候していた男は以前「そのうち出て行く」と言っていた。しかしいざその時を迎えると、マナミは自らも驚く意外な感情を抱く。そのころ倉田は山本といつもの店で飲み、亡くなってから一段落ついた山本の父の愛人関係について語り合っていた…。一部の富裕層しか知らない、「愛人」を持つことの金銭的な損得勘定に真剣に迫るリアル小説、男編〜第11回

マナミの部屋から「男」は出て行くことに…

洋服やアクセサリーやバッグを買ってもらう。

 

会うたびお小遣いをもらう。

 

毎月の生活費を用立ててもらう。

 

住まいを与えられる。

 

愛人としては、4段階目までクリアすればコンプリートといえる。

 

マナミはやっと3段階目まできた。

 

ユカリはすでに山本が買ったマンションを提供され、そこに住んでいる。愛人になって10ヵ月でコンプリートできたのは、さすがユカリという感じだ。

 

マンションを与えられれば、家賃に困ることもなくなる。お金の心配をせず、税理士になるための勉強に集中できる。

 

だけどマナミの胸中は複雑だった。

 

3日前、居候していた男友達が出て行った。

 

宣言通り、客の女にマンションを提供してもらったらしい。

 

男が出て行ったとなれば、もう倉田への隠し事もなくなる。だがマナミの心の中には、倉田と同じくらい、男の存在感が残っていた。

 

思いがけない喪失感は、マナミを動揺させた。

 

男と恋人になったところで、そのうちヒモとなるのがオチだ。女から金を引っ張るような生き方をしてきた彼がマナミに愛情を抱いたところで、心を入れ替えるとは思い難い。

 

だからといってマナミ自身、彼を養ってもいいとまでは思わない。

 

似た者同士のふたりは、同じような生き方をしているからこそわかりあえる。

 

だが互いに搾取する側である以上、恋人になっても外に「収入源」がなければ成立しないだろう。

 

(早く忘れよう)

 

男が残したままの歯ブラシをゴミ箱に捨て、マナミは洗面台に映る自分の顔を見た。

亡くなった山本の父の「愛人」が使用していた部屋

一方で倉田のほうは、いつもの店で山本と飲んでいた。

 

「やっぱマンションくらい与えなきゃ『俺の愛人』にはならないのかなぁ」

 

「そんなことはないけど、独占したいなら衣食住すべて面倒みたほうが確実ではあるね」

 

ユカリにすべて提供している山本は、誇らしげに答えた。

 

「マナミちゃん、他に男がいるのか?」

 

「確かめたワケじゃないんだけど、絶対自分の部屋には入れてくれないんだよ。独り暮らしだって言ってたけど、もしかして本当は違うのかなって……」

 

マナミの部屋に出入りしたくなったのは、毎回ホテルに泊まるのが億劫になったからだ。経済的に厳しいほどではないが、やはりホテルではリラックスできない。

 

「まー気持ちはわかるよ。金じゃないんだよな。彼女のプライベートな空間に入れることで、心が満たされるというか」

 

「そう。むしろ本当に求めているのは、肉体よりもそっちかもしれない」

 

倉田の意見に、山本も同意した。

 

「贅沢だよな、俺たち。自分は妻がいるくせに、別の女に癒されたいだなんて」

 

倉田は、水割りを飲み干して氷をカランと鳴らした。

 

「妻がその役割を果たしていたら、愛人なんて望まないのかもな」

 

山本も苦笑いした。

 

「ところで親父さんの件は収拾ついたのか?」

 

「ああ。保険金以外の相続については一切の権利を放棄するってことで、一件落着」

 

山本の父が十年来の愛人を生命保険の受取人にしていた問題について、山本家では山本の姉が納得いかず、あちこちで騒いでいた。

 

山本の父が独身(妻は他界)である以上、主に面倒を見ていた愛人は、法的に「内縁の妻」として主張することもできる。ヒステリックになった姉を鎮めるために、山本は「他の財産まで権利を主張されないだけマシ」だと説得した。

 

渋々納得した姉は、愛人が住むマンション(山本所有)を出ていくことを条件に加え、愛人と絶縁した。

 

「それにしても親父さんのエピソードは豪快だったな。一棟丸ごと所有しているマンションに、愛人を何人も住まわせていた(※)なんて」

 

「土地は元々ウチのだし、上物だけなら10億もかかってないからな。むしろそろそろ大規模改修しなきゃならないから、引き継いだ俺は大変だよ。全室賃貸だから、修繕積立金も店子から集めてないし」

 

「まー資産はないよりあったほうがいいじゃないか」

 

「値崩れしなきゃな。でも価値が上がればその分固定資産税もアップするし、かといっていきなり家賃アップするわけにもいかないし、このままじゃ荷物になりかねないよ」

 

山手線の外とはいえ、山本が相続した品川区のマンション辺りは、ここ数年地価が上昇している。経年によりほぼ価値のなくなった建物だって、大規模改修をすれば資産価値は上がる。

 

「思ったんだけどさ、別に買わなくたって賃貸でいいんじゃん? よかったら、例の愛人が出て行った部屋、格安で貸してもいいぞ」

 

「いいのか?」

 

「ああ。そもそも親父の愛人は1円も家賃入れてなかったからな」

 

思いがけない山本の提案に、倉田の心が動いた。

「合鍵」を渡さなきゃダメ…?

「本当に大丈夫なの? 生活費だっていただくのに……」

 

「心配ないよ。そもそもそこのマンションは、山本が所有してるんだ。だから家賃も格安にしてくれた」

 

「ならいいけど……」

 

部屋の提供をマナミが喜ぶかと思っていたら、逆に懐を心配され、倉田は焦った。

 

「これで心置きなく、税理士の勉強ができるじゃないか」

 

「そうね。ありがとう」

 

マナミにハグされて、ようやく倉田は「これでよかったんだ」と確信することができた。

 

「ところで……」

 

「ん?」

 

「資郎が借りてくれる部屋に引っ越したら、合鍵渡さなきゃダメ?」

 

意外な質問に、倉田は戸惑った。

 

「……イヤなら無理にとは言わないけど、できれば何かあったときのために、スペアキーは持っておきたいかな」

 

勝手に入ったりはしないよ、と倉田は付け加えた。

 

「わかった。じゃあ部屋に来るときは連絡入れてね」

 

「ああ」

 

せっかくマンションまで提供したのに、倉田の心は逆に曇ってしまった。

 

(つづく)

 

〜監修税理士のコメント〜

※マンションの一棟買いは、節税になる?

 

編集N 不動産投資にもいろんな種類がありますが、山本のように「マンション1棟」を所有するとなると家賃収入も相当あるでしょうし、税金も結構大変なんじゃないですか?

 

税理士 マンション全室が埋まってしっかりと家賃が貰えていれば相当な収益になりますね。しかし、税金は単に手元に入った家賃収入に丸々かかる訳ではありません。マンションを維持するための諸費用のほか、建物の「減価償却費」が経費として収入から差し引くことができます。

 

「減価償却費」とは、「長期間使えるものは使える期間に分けて費用にしよう」というものです。税法上の居住用のマンションの耐用年数(理論上の利用可能期間)は新築物件で47年とされています。従って、毎年、建物代の47分の1に相当する金額が費用として計上することができるのです。これは毎年お金が出る費用ではないので、節税効果がありますね。

 

編集N 建物の減価償却費以外にはどのようなものが経費になるんですか?

 

税理士 マンションの毎年の固定資産税や都市計画税、毎月の管理費や修繕積立金、建物の火災保険や地震保険、貸している部屋の中の修繕、その他、マンションを維持管理するために要した費用が必要経費になります。入居者を探してくれた不動産屋への御礼なども経費になりますね。

 

編集N そもそも山本は父親から贈与でもらったわけだから、元手ゼロで丸儲けですね!

 

税理士 品川区の不動産であれば相当の贈与税を負担したのではないですかね。しかも、贈与税は経費にはなりませし、仮に借金をして贈与税を納めたとしても、その借金の利息も経費にはなりません。

 

そして、毎年の固定資産税や火災保険料、管理費等は入居者の有無や家賃の金額に関係なく係ってきますし、建物が古くなると修繕費も馬鹿になりません。愛人を住まわせるとなると、そこからは家賃収入が上がらないわけですから、必ずしも丸儲けとは言えないかもしれませんよ。

 

編集N なるほど。愛人からも家賃を貰って他の部屋も満室にできなきゃ赤字になるかもしれませんね。資産運用も大変だなぁ。

 

 

監修税理士:服部 誠

税理士法人レガート 代表社員・税理士

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この物語はフィクションです。

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