<あらすじ>巧にのめり込んでいた雪江だったが、自身の犯罪まがいの行動の醜さに気づいた。彼に支払った金額、3280万円。夫に相手にされない寂しさを埋めるには高すぎる代償だった。雪江は「これ以上、愚かになりたくない」と巧との愛人関係解消を決める。それと同時に、夫の愛人の存在に確信を持った彼女は、浮気調査を依頼する…。一部の富裕層しか知らない、「愛人」を持つことの金銭的な損得勘定に真剣に迫るリアル小説、女編〜第12回。

再び、ハウスキーパーと雇用主の関係へ

別れはいつだって悲しい。まだ好きな相手なら、なおさらだ。

 

自分から別れを告げるくせに「悲しい」なんて思うのは、矛盾しているなと自分でも思う。決心した以上、こじれることなくスッキリ別れたいくせに、引き止められないのもなんだか悔しい。

 

この数日間、雪江は自分の気持ちと行動が一致せず、密かに苦しんでいた。別れた方がいいことは百も承知なのに、いざ巧を目の前にすると、言い出し辛くなってしまう。

 

「最後だから」と思うと、より抱かれたくなってしまう。

 

「何かあった?」

 

毎晩巧の部屋に行き、そのたび巧の体を求めていたら、とうとう言われてしまった。

 

「おかしいよね。自分でもそう思う」

 

「いや、俺は別にいいんだけどさ。3日連続なんて、今までなかったから」

 

(いい加減言わなきゃ……)

 

今度こそ終わりにすると自分に言い聞かせた雪江は、巧に背中を向けたままベッドを降り、床に脱ぎ散らかされた服を拾いつつ「ここを出てって欲しいの」と告げた。

 

「え、どうして? 俺なんか悪いことした?」

 

「巧が悪いんじゃないの。私のわがまま。もう恋人でいるのが苦しくなったから」

 

「俺のこと、嫌いになったってこと?」

 

「そうじゃない。ただ恋人関係は解消して、ただのハウスキーパーと雇用主の関係に戻りたいの」

 

背後の巧は、しばらく黙っていた。

 

ほんの少しの沈黙が、すごく長く感じられた。

 

ベッドから降りる音。間もなく雪江は、背後から巧に抱き締められた。

 

「……わかった。今までありがとう。残念だけど、しょうがないよね」

 

その言葉を聞いた時、雪江は自分が口走った別れの言葉を撤回したくなった。だが次の瞬間、それを思いとどまるにふさわしい台詞が巧の口から発せられた。

 

「いつ出て行けばいい? 雪江さんの都合なんだから、引っ越し代くらいは出してくれるよね?」

浮気でも壊れないほどの「絆」

「巧くんらしいなぁ」

 

一連の経緯を聞いた望は、思わず吹き出した。

 

「笑いごとじゃないわよ。おかげですっかり熱も冷めたわ」

 

「さすが元ホスト。未練を残さないような別れ方ができるのは、プロの仕事よ」

 

「じゃあ、本当は少しくらい、悲しんでいたのかな」

 

「さぁね。よほどのことがない限り、彼みたいな男は本心を見せないよ」

 

街はすっかりクリスマスムード一色になっている。だけどきっと、今年のクリスマスは独りで過ごすことになるだろう。

 

「ところでどうする? ハウスキーパーなら、すぐにでも交代要員出せるけど」

 

「ごめん。あのマンション出て行くことになると思うから、悪いけどこのまま契約終了にさせて」

 

「……やっぱり、旦那さんとも別れるの?」

 

「そのつもり。お互い別の相手と浮気するようじゃ、夫婦でいる意味がないよ」

 

「そっか。まだ雪江は『恋』がしたいんだね」

 

「どういうこと?」

 

「結婚して長い時間を一緒に過ごしたら、一度や二度の浮気くらいじゃ壊れないのが日本の夫婦だよ」

 

「それは子供のいる家庭でしょ」

 

たぶん、子供がいれば別れなかっただろうと雪江も思う。

 

結婚して8年も経つのに、ふたりの間には、浮気でも壊れないほどの絆は生まれていなかったらしい。皮肉にも、愛人を作ったおかげで、それがわかってしまった。

「独身」になる雪江に開業のチャンスが

「マジか! 雪江ちゃん、独身になるの⁉︎」

 

伊藤は、努めて明るいリアクションを取った。

 

「心配かけてすみません。この後、引っ越したり色々ありますが、晴れてシングルになったあかつきには、フルタイムでシフト入っていっぱい稼ぎますね」

 

「それはありがたいな。そうだ、いっそのこと独立しないか?」

 

「えっ⁉︎」

 

ひそかに目論んでいた開業計画。先輩に見透かされていたのかと思い、雪江は動揺した。

 

「患者さん増えてるし、俺と雪江ちゃんでは得意分野も違うから、いっそのこと近くに分院を出せたらいいなと思ってたんだ。雪江ちゃんさえよかったら、そっちの院長になってくれないかな」

 

渡りに船、とはこのことだ。イトウデンタルクリニックの分院ならば、顧客を奪って先輩と気まずくなることもない。雇われとはいえ、開業資金も負担せず院長になれるなら、願ったり叶ったりだ。

 

「分院のことは、少し前から考えていたんだよ。雪江ちゃんがシングルになるなら、ちょうどいい機会かもと思って」

 

これまでは家庭を持っている以上、フルタイムで働いてほしいとは言い出せなかった、と伊藤は言った。

 

「離婚なのに『ちょうどいい機会』とか、俺ってひどい奴だな」

 

「そんなことないですよ。むしろ嬉しいです。ぜひ、お願いします!」

 

「書留でーす」その時、クリニックの入り口を開けた配達員が中に声をかけた。受付にいるはずの助手が退席中だったらしく、急いで雪江が対応した。

 

簡易書留の受領印を押す。雪江宛のそれは、差出人が個人名だった。

 

中身はわかっている。先日依頼した、興信所の「結果報告書」だ。万が一、夫に見つかることのないよう、自宅ではなく勤務先に送るよう依頼しておいたのだ。

興信所から届いた「証拠写真」に見覚えのある姿が

診療時間が終わり、雪江は急いで着替えてクリニックを出た。駐車場へ行き、車の中でさっき届いた封筒を開封した。

 

電話による中間報告で、夫の浮気が「黒」であることは聞いていた。今手元にあるのは、調査期間のログと物的証拠の写真だ。

 

若い女。おそらく二十代後半だろうか。

 

夫とその女がホテルに入る写真。3時間後、ホテルから出てきた時の写真。

 

他にも、色々な場所の写真が添えられていた。

 

するとそこに、見覚えのある顔が写っていた。

 

(……どういうこと!?)

 

~監修税理士のコメント~

 

※離婚時、共同名義のマンションを夫単独に変えた場合、税金はどうなるか?

 

編集N 雪江は離婚に際し、夫と共同購入したマンションを出ていくつもりみたいですが、その場合、マンションを夫の名義にしたら、夫には税金がかかるんでしょうね?

 

税理士 マンションの名義変更をする場合、変更のタイミングによっては税の取扱いが異なってきます。

 

離婚前に名義変更をする場合には、単純に「贈与」となりますので、原則として夫に贈与税が課されます。しかし、離婚に伴う「財産分与」として名義変更をする場合には、夫婦で築いた財産の精算ということから基本的には分与される側(夫)には贈与税は課されないこととなっています。

 

一方、財産分与として不動産を渡した側(雪江)には、その不動産(マンション)を時価で譲渡したものとみなして、譲渡所得税が課されることになります。ただし、正式に離婚して夫婦でなくなった後に分与した場合には、居住用財産の譲渡の特例(3000万円特別控除)が使えるため、通常は税金の心配はないと思われます。

その他の税金の問題としては、名義変更する際の登録免許税が夫にかかるという点になりますね。不動産取得税は、離婚に伴う財産分与の場合にはかからないことになっています。

 

編集N 購入してそれほど年数が経ってなければローンが残っている可能性がありますよね。その場合はどうなりますか?

 

税理士 住宅ローンが残っている場合には、金融機関の承諾をもらって債務者を変更してもらうことになります。夫には収入がある訳でしょうし、マンションの名義も持つことになるわけですから、恐らくローンに関しての債務者変更は可能かと思います。

 

編集N この夫婦は金銭面では困ってなさそうですから、すんなり決着つきそうですね。

 

税理士 離婚の時に行う財産分与は、婚姻生活中に夫婦で協力して築いた共同の財産を、それぞれの貢献度に応じて分割することをいいます。お互いにそれなりの収入があって、それぞれが認め合っていれば、すんなりと決着するのではないでしょうか。

 

編集N 巧との浮気がバレずに離婚できれば、雪江は財産分与の他に慰謝料も貰えるかもしれないので、ハッピー離婚と言えるかもしれませんね! あー女って怖い(笑)。

 

(つづく)

 

監修税理士:服部 誠

税理士法人レガート 代表社員・税理士

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この物語はフィクションです。

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