<あらすじ> 週に一度の巧との逢瀬は、雪江にとってかけがえのない時間だった。元来、雪江は情事が好きではなかったが、今は巧の精悍で美しい身体に惹かれ、自身の「女」が開花する。そんなある日、物置に見慣れない女物の靴を見付け…? 一部の富裕層しか知らない「愛人」を持つことの金銭的な損得勘定に真剣に迫るリアル小説、妻編〜第7回。

マンションの鍵を受け取った瞬間、雪江は自分の大胆さに改めて驚いた。

 

およそ30平米のシングル向けマンションは、投資用としてもあまり需要がないらしく、思ったより手頃な価格で買うことができた。

 

(間違いない。これは投資だ)

 

2週間前、巧がめずらしくプライベートな相談をしてきた。

 

ルームシェアしている友達と、揉めてしまったらしい。

 

「引っ越すにしても、まだ手持ちが足りなくて」

 

「ホスト時代の貯金は?」

 

「言いませんでしたっけ? 俺、母親に仕送りしてるんですよ。 ホスト辞めて収入減ってからは、 あまり出せてないんすけど」

 

「そうなんだ。じゃあどうするの?」

 

「ひとまず今は、別の友達のとこに厄介になってます。近いうち引っ越さなきゃならないけど」

 

(友達って男? 女?)

 

そんなこと聞けるわけない、と雪江は思った。

 

巧とは恋人契約をしているけれど、本当の恋人じゃない。必要以上に彼のプライベートに介入することは、ルール違反だ。

 

「望さんの会社って、前借りできますかね?」

 

「……いくら必要なの?」

 

「いや分かんないすけど、引っ越しの初期費用って、都内だと結構かかりますよね。俺、上京してから一人暮らししたことないんで」

 

もしかすると、巧はこれまでずっと女の子と暮らしてきたのかもしれない。シェアメイトと言うが、本当は同棲している彼女なのかもしれない。

 

「部屋、提供しようか?」

 

「マジっすか?」

 

「投資用に買ったマンションがあるから、そこでよければ貸してもいいよ」

 

「ありがとうございます! ちなみに家賃、いくら払えばいいすか?」

 

雪江はちょっと考えて答えた。

 

「3万くらい(※)なら払える?」

 

***

 

投資用マンションなんて持っていない。

 

巧を他の女と住まわせないために、その場で思いついたハッタリだ。

 

でも嘘を本当にしてしまえば、何も恐れることはない。

 

そこからマンションを購入するまで、雪江の行動は極めて迅速だった。

 

翌週、雪江の購入したマンションに巧が引っ越してきた。

 

自宅とクリニックのちょうど中間にあるそのマンションは、築年数こそ20年以上経っているが、駅からも近く管理も行き届いていて、売却時もさほど値崩れしないと予想できる物件だった。

 

思いつきとはいえ、決して安い買い物ではない。

 

マンションを買うにあたり、雪江には考えがあった。

 

通勤帰りに立ち寄りやすい立地であれば、夫に内緒で会いやすい。もしも夫と別居することになったら、一時的に身を置くことも可能であろう。

 

1Fのテナントが空いているのも魅力的だ。開業資金は少し使い込んでしまったが、法人設立し新規にクリニックを立ち上げるとなれば、銀行からの融資も得られるはずだ。

 

あの日、物置で24センチの靴を見つけなかったら、雪江は現状のままくすぶっていたかもしれない。

 

夫に愛人がいるかもしれないこと。

 

靴ひとつで確信が持てるわけではないが、あの日から雪江の中で何かが変わった。

 

どれほど激しく結ばれても、男と女の愛情は永遠ではない。

 

恋愛感情が薄れたその先に深い絆があれば、たとえ愛がなくなっても関係は続いてゆく。

 

だが雪江と夫には、子供もいなければ絆といえるほどの繋がりもない。

 

結婚後、サラリーマンを辞め起業すると言い出した夫は、その初期費用を雪江に頼ってきた。500万ほど都合した分は役員報酬と言う名目で返済されたが、会社設立からしばらくは業績も不安定で、生活費の大半は雪江が負担する羽目になった。

 

数年前、大学病院から先輩のクリニックに転職したおかげで、収入も休日も増えた。だが、その頃には子供を作るどころか夫と一緒に寝ることさえなくなっていた。

 

夫とは決して仲は悪くないが、特別にいいというわけでもない。

 

一生を共にする覚悟で結婚したつもりだったが、「離婚」を視野に入れてみたら、いとも簡単に壊してしまえる関係であることに気がついてしまった。

 

***

 

雪江の目論み通り、巧に提供した部屋でふたりは落ち合うようになった。

 

夫からの晩ごはん不要メールが届いた日は、巧に都合を尋ねる。そして抱かれるために、雪江は部屋を訪れた。

 

静かな部屋で、スマホがブルブルと震えた。

 

持ち主である巧はシャワーを浴びている。雪江は何げなくスマホの画面を見た。

 

「今日は何時ぐらいに帰ってくる?」

 

画面に浮かび上がったLINEのメッセージ。発信元が女性であることを名前から察し、雪江は茫然とした。

 

〜監修税理士のコメント〜

※ 投資用マンションは経費にできる?

 

編集N 愛人のためにマンションを購入…。「月3万円」の家賃収入はありますが、決して安い買い物ではないはずです。投資用マンションの購入も経費で落とせるんですか?

税理士 購入したマンションを賃貸した場合には、その家賃収入は「不動産所得」という扱いになり、「総収入金額」から「必要経費」を差し引いた金額がその年の「不動産所得の金額」になります。

「総収入金額」は実際に受け取っている家賃の金額、「必要経費」にはマンションの固定資産税や都市計画税、管理費、修繕積立金、建物の減価償却費などがあります。
この「不動産所得の金額」がプラスになれば所得税・住民税がかかりますが、マイナスになる場合にはそのマイナスの金額を他の所得から控除(損益通算)することができます。

しかし、賃貸するときの家賃の金額が固定資産税や管理費などの経常経費を下回るような低額の場合には、賃貸行為が「業務」ではなく「使用貸借」となり、マンションに関わる諸経費は必要経費にならなくなります。その場合には結果的に損益通算もできなくなるので注意が必要です。

巧から貰う家賃3万円は恐らく相場に比べて著しく安い金額になるでしょうから気をつけた方がいいですね。税務署から「使用貸借」と認定されたらマンションの維持費は経費にならなくなります。そうなると雪江は節税効果が期待できなくなってしまいますからね。

 

 

(つづく)

 

 

 

監修税理士:服部 誠

税理士法人レガート 代表社員・税理士

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この物語はフィクションです。

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