前回は、航空機の価格が安定している理由を解説しました。今回は、航空機の資産価値を担保するテクノロジーと審査基準について見ていきましょう。

安全な運航のために不可欠な「型式証明」「耐空証明」

もう一つの航空機ならではの特徴として、厳しい審査制度について触れたいと思います。自動車に車検があるのと同様(※6)に、航空機も国土交通省の定期検査をパスしなければ日本の空を飛ぶことができません。この、自動車の車検にあたる検査を「耐空証明(Airworthiness Certificate)」と呼び、航空機の所有者は1機ごとに登録国においてこの耐空証明を取得する必要があります。

 

※6 車検のほかにも自動車と同様の制度はいくつか存在し、例えば航空機にも「機体記号」と呼ばれるナンバープレートに相当するものが存在している。日本国籍を持つ旅客機はすべて「JA」から始まる6文字の英数字で構成される機体記号が必ず機体にペイントされている。

 

耐空証明とは航空機の安全性と環境性能を保証するもので、安全性に関しては強度・構造・性能について設計・製造・現状の各段階で詳細に検査を行い、環境性能に関しては騒音と排気ガスについて基準を満たしているかの検査が行われます。

 

日本で航空機を新たに製造、又は輸入した場合、耐空証明を受けるまでには数多くの項目で検査が行われますが、航空機1機ごとに設計や製造過程を確認していくことは現実的ではありませんので、実際の運用としては同じモデル(型式)であれば耐空証明検査の一部は共通項目として検査を効率化しています。

 

この制度を「型式証明(Type certificate)」と呼び、型式証明を得ている航空機であれば耐空証明検査の設計と製造過程については省略・書類検査となるために、航空機の実機に対する検査のみで耐空証明検査が事足りるようになっています。

 

上記で少し触れましたが、MRJの開発において大きな課題になっているものの一つがこの型式証明です。型式証明は新しく開発される航空機の安全性の確保を目的としていますが、それゆえに非常に厳しい基準の検査を数多くこなさなければならず、加えて検査は航空機の開発と並行して行われるため、型式証明検査が順調に進むかどうかが開発の成否を左右するといっても過言ではありません。

 

事実、MRJの開発でもこの型式証明を得ることが最大の難関になっており、開発元の三菱航空機だけでなく検査を実施する国土交通省航空局もノウハウが不足しているなか、米国の連邦航空局(FAA:Federal Aviation Administration)と欧州の航空安全庁(EASA:European Aviation Safety Agency)の参画を得ながら進められているとのことです。

 

型式証明の審査内容は飛行特性だけではなく、構造強度、装備品と呼ばれる各部品の安全性と環境性能の検査にまでおよび、これらの審査は完成した航空機の実機に対して行われるだけでなく、設計や製造に対しても実施されます。具体的には設計者および製造者は、図面や試験データ、解析データを示してこれらの性能の証明が求められるのです。

 

また、世界を飛行する航空機には、自国にはない気候や試験設備などを用いた試験などが義務付けられることもありますし、ほかにも車椅子の設定など登録国だけでなく就航する国の法規制にも対応する必要があり、長年の間、航空機開発を行ってこなかった(行うことができなかった(※7)日本には、不足しているノウハウが無数にある状況に直面しているといえます。

 

※7 戦後の日本は米国の占領によって航空機の研究も開発製造も運用も一切禁止されたため、研究者・技術者が造船業や自動車業界などに散逸してしまい、軍用機の開発.製造で得た技術やノウハウの多くがここで亡失されてしまった歴史的経緯がある。その後、1952年にサンフランシスコ講和条約が発効され航空機開発も再開可能となったが、この空白期間に世界の航空機技術はプロペラ機からジェット機へと大きな進歩を遂げており、日本の航空機開発は世界に大きく後れを取ることになったのである。その後YS-11という国産旅客機(プロペラ機)を開発、1962年に初飛行したが10年で製造は中止、その後50年以上日本における航空機開発は着手されなかった。

 

現在エアラインが使用している航空機は特殊な機材を除き、全て型式証明を取得した航空機であり、定期的に耐空証明を得て安全な運航を行っています。耐空証明検査は国土交通省航空局に所属する航空機検査官(耐空検査員とも呼ばれます)が行うのですが、航空機の状態や整備状況の確認に加え、パイロットとともにコクピットに入り実際に空を飛ぶ飛行試験も実施されます。

 

パイロットにしてみるとライセンス更新の実技試験ではないのですが、国土交通省の役人が後ろの予備席に座っている目の前で航空機を操縦しなければなりませんので普段とは異なる緊張感が漂います。なお、耐空証明の有効期間はたったの1年(※8)ですので、個人でセスナ機やヘリコプターを所有する場合は毎年耐空証明検査を受けなければなりません。

 

※8 航空法第十四条(耐空証明の有効期間)耐空証明の有効期間は、一年とする。但し、航空運送事業の用に供する航空機については、国土交通大臣が定める期間とする。

 

耐空証明制度は通常の検査だけに限らず、事故などのイレギュラーに対しても効果的に機能し、航空機の安全性に大きく貢献しています。統計的に航空機は非常に安全な移動手段と評価されますし、航空業界のリスク管理体制は細部にわたり徹底されていますが、それでも不幸な事故は時として起こってしまいます。しかしながら、航空事故はすべて徹底して調査・分析が行われ、細部にわたり原因究明と改善対応がなされることで、一度起きてしまった事故を二度と起こさないように取り組まれます。

 

例えば、1996に起きたトランスワールド航空800便墜落事故では、米国の国家運輸安全委員会(NTSB:National Transportation Safety Board)は広範囲の海中に散らばった残骸を10カ月以上かけて徹底的に捜索し、最終的には機体残骸の95%を回収し事故原因の調査を行いました。重要部品については機体の再現まで行うなど、原因究明に対する姿勢には執念すら感じるほどで当時の航空事故史上類を見ないほどの時間と資金、人的資源が投入されています。

 

もう一つ最近の例を挙げると、2013年の最新鋭機であるボーイング787のバッテリー事故が記憶に新しい事故だと思いますが、バッテリー火災事故を受けてFAA(米国連邦航空局)は耐空性改善命令(AD:Airworthiness Directives)を出し、全世界のボーイング787は一時的に運航停止となりました。その後、バッテリーについてはボーイング社より対応策が提出され、その改善策の承認によってようやく運航が再開されました。

 

これら事故調査から得られた情報は航空機メーカー(OEM)やエアラインにフィードバックされ、必要に応じて自動車でいうところのリコールにあたる耐空性改善命令(AD)が発行されます。また、この対応は通常各国とも同様の対応をするので、世界中の航空機に同様の対策が講じられるのです。したがって、ある航空機に設計上の問題や欠陥が発見された場合、その後に製造される航空機はもちろんのこと、それ以前に製造された航空機も新造機と同様に対策された状態に整備され、運航の安全性を高める努力が常にされています。

耐空証明制度と継続的な整備で、機能と品質を維持

話が少々脱線してしまいましたが、航空機が最も安全な乗り物の一つとして信頼され、世界中で広く運航されるようになったのは、この型式証明と耐空証明という2つの制度の存在によるところが大きいといえます。さらにこの制度を支えているのがエアラインによって実施される整備・メンテナンスであり、エアラインは飛行時間や飛行回数に応じて部品の交換や機体の修理等を継続的に行っています。

 

その整備内容・品質基準は耐空証明を前提としているため非常に高いレベル(=高いコストをかけ)で行われています。例えば4~6年に1度行う大規模整備では、数カ月かけシート等の内装はすべて取り外し、外装(ペイント)も剝がし、機体フレームの検査・整備と最後に防腐処理と再塗装を行います。

 

エンジンも可能な限り部品を取り外し洗浄・検査・修理を行いますが、時には顕微鏡で部品の状況を確認したり、特殊な蛍光塗料で金属の擦れを確認したりします。その結果、これら重整備が終った後の航空機は、新造機と同様とはいきませんが大幅な性能回復を実現し、同時に機体価値(中古価格)も大きく向上するのです。

 

耐空証明制度とエアラインによる継続的な整備により、航空機は長期にわたってその機能と品質が高く保たれているアセットであり、この特性はほかのオルタナティブ資産と比較しても大きなアドバンテージをもたらします。不動産では設計図に対して「建築確認」という制度がありますし、自治体に対して定期的に点検報告が行われますが、航空機ほど厳しい審査制度ではありませんし、基礎構造までの分解整備や部品の交換が定期的に行われることはありません。

 

加えて、整備内容・品質基準は実質的に世界で共通の基準であるために、世界中で飛んでいる航空機の品質や状態(コンディション)の差は自動車や不動産と比較するとはるかにばらつきが少ない状態にあるといえます。日本の製品は全体的に高品質で状態もよいものが多いとは思いますが、グローバル投資の視点で見た場合、航空機の品質の高さや信頼性は他の追従を許しません。海外(特に先進国以外)の中古車や中古不動産と比べると、中古航空機がはるかに高い安心感を持つアセットであることは納得のいく評価だと思います。

 

国や地域によっては自動車や不動産では多少のオイル漏れや水漏れがあったとしてもそのまま使用されることもあるでしょうが、航空機に求められる整備基準はずっと厳しいもので、どこの国でも世界基準の高い安全性を考慮して運航されていますし、それはひいては航空機の品質(価値)が高く保たれていることに繋がっているのです。

 

 

澁田 優一

マーキュリアインベストメント

 

野崎 哲也

旭アビエーション

 

無敵のグローバル資産 「航空機投資」完全ガイド

無敵のグローバル資産 「航空機投資」完全ガイド

航空機投資研究会、澁田 優一、野崎 哲也

幻冬舎メディアコンサルティング

航空機市場が世界経済とともに成長を続ける理由や航空機投資はエアライン企業への株式投資と何が違うのか、他の現物投資と比べた場合の圧倒的なメリット、どの機体を選んで投資すべきなのかなどをわかりやすく解説。

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