リース終了時にオーバーホール費用を一括で支払う方法
前回の続きです。下記の図表に、航空機リース契約の主要条件をサンプルとして一部抜粋の上リストアップしています。
[図表]航空機リース契約の主要条件サンプル(抜粋)
⑤整備調整金(メンテナンスコンペンセーション)
借り手は機体返還時に利用した分のオーバーホール費用を負担すると整備積立金のところで述べましたが、リース終了時に一括で支払う方法もあり、これを整備調整金(メンテナンスコンペンセーション)と呼びます。
エアラインからすると整備積立金を毎月払うのは資金効率が悪くなるので、リース終了時の一括払いが好まれますが、リース期間中に借り手が破産してしまうとこの整備調整金を受け取れなくなる可能性もありますので、借り手の信用度に応じてどちらかを設定していきます。
⑥返還時条件(リターンコンディション)
リース期間が終了して機体を返還するときは、不動産における原状回復と似た仕組みがあり、これを返還時条件(リターンコンディション)と呼びます。
機体については重整備の期日が来ているなら、その重整備を、期日が来ていない場合には、機種や航空機によって異なりますが6000時間程度ごとに行うC整備(Cチェック)といわれる中規模の整備を行って返還してもらうことになります。Cチェックは2週から3週間程度かかり、その費用は20万ドルから30万ドル程度といわれています。これを行って返還してもらえば、2年近くは機体整備は不要となります。
エンジンも同じく、1年から2年程度は運航できるように、2000~4000サイクル程度の残存と、それに見合った運航時間を補償するエンジンのコンディションを要求します。
EGTマージン(エグゾーストガステンペラチュア・排気ガス温度マージン)といわれるエンジンのコンディションの指標をエンジン最大出力テストやエンジンコンディションモニタリングデータで確認し、十分な数値であることを確認します。EGTとはエンジン排ガスの温度で、エンジンが劣化していくとともに空冷性能が下がり上昇していきます。
エンジンが安全に運航できる設計温度までの差がEGTマージンで、これがゼロとなるとエンジンは運航できなくなり、分解整備を行うことになります。また、ボアスコープインスペクションといわれる、内視鏡器具でエンジン内部を検査し、整備マニュアルで規定された限度を超える不具合がないかもチェックします。
着陸装置も2年程度は使えるように、APU(※)も分解整備からAPU使用時間1500時間程度の限度で、なおかつボアスコープインスペクションで不具合がないかを確認します。
※APU(Auxiliary Power Unit(補助動力装置)):発電や空調を主に担当する原動機でA320だと機体の一番後ろに設置されている。航空機が着陸して停止したときに一瞬だけ暗くなるときがあるのは、機内の電源がAPUから空港が供給する電力に切り替えているためである。
エンジンやAPUがインスペクションやテストの結果整備マニュアルの限度を上回る不具合があれば、修理や分解整備を行います。エンジンの場合は、ボアスコープを使った簡単な修理でも数万ドル、一度取り降ろしてエンジンのケースを開けて行う修理では数十万ドルの費用がかかります。分解整備を行うということになれば前述の通り、200万ドル以上の費用になります。
そのほかにも、機体に次のレッシーの塗装を施したり、機内のカーペット、椅子、ギャレー(台所)と内装品が、清潔でサービスできる状態であることや、機体の書類がきちんとそろっているかなど、リターンコンディションは非常に詳細にわたっています。
どんなに素晴らしく整備を行ったとしても、整備を行ったという書類、交換した部品などの、整備証明書などは非常に重要で、書類が整っていなければ、そうした部品や整備は無効となってしまい、再整備、または部品交換が必要になるので、リターンコンディションで整備書類を要求することは非常に大事なことです。これらの交渉はエアラインともめやすいポイントでもあるので、円滑に進めるためにOEMなど第三者の意見を求めることも少なくありません。
航空機投資とアセット管理は特殊な事業
「安定」や「堅調」を航空機投資の特徴としてご紹介していますが、それでは簡単に参画できるかというともちろんそうではありません。航空機投資とアセット管理は特殊な事業であり、航空業界、航空機の種類に性能、テクノロジーに関する深い専門知識に加え、詳細な市場分析、財務分析、投資予測を行っていく能力が求められます。
なお、必要となる分析能力は投資戦略によって重要度に濃淡が出てきます。例えば、エアラインの信用分析は、航空機投資を評価する際の重要な要素の一つですが、オペレーティングリースを主軸にした戦略では、エアラインではなく航空機そのものにより一層の注意を払うことになります。逆に節税を目的とした戦略においてはエアラインの評価のほうがより重要となるため、戦力にあった分析力が必要になります。
参考までに航空機投資を評価する際の分析項目の例を挙げると、機体だけをとっても、機種、仕様、経過年数、エンジンの種類・仕様、内装、整備状態、整備計画、生産機数、ユーザー数、ユーザーの集中度、地域的集中、中古市場の厚み、過去の生産欠陥の有無、独特な仕様の有無などの項目を考慮に入れつつ投資基準に照らし合わせながら慎重に評価を行いますので参入障壁は高く、信頼できるパートナーなしに目標とするリターンを得ることは至難の業です。
今日、航空機を所有・管理しているリース会社・投資会社はおよそ150社といわれています。そのうち上位20社でリース機全体の80%を、上位40社で90%を管理するという、ごく限られたプレイヤーによって構成される市場なのです。さらに航空機投資の対象となるリース機も世界で約1万機弱しか存在しておらず、ほかのオルタナティブ資産と比較すると投資アセットそのものが少なく、これらの参入障壁やプレミアムがリース料の安定性を支える要素の一部だといえます。
航空機投資は世界的には徐々に認知が進んでおり、アセットとしてのプレミアムは減少する可能性はあります。直近のリースレートファクターは全体として減少傾向にあり、航空機投資へ参画する投資家が世界的に増えつつあることを実感していますが、それでも今後必要とされている航空機需要は膨大であり、投資家が求める投資機会を十分に生み出していくものと思っていますし、新たな投資商品が作られていくこともあると思います。今後も投資環境の変化から目が離せません。
澁田 優一
マーキュリアインベストメント
野崎 哲也
旭アビエーション