香港初の「バーチャルバンク」が年内にも誕生
香港金融管理局 (Hong Kong Monetary Authority。以下、HKMA)が、今年末から来年前半には認可する、と表明したバーチャルバンク・ライセンス。バーチャルバンク(仮想銀行)とは、既存の銀行のような実店舗は持たず、ITを駆使して顧客獲得からサービス提供まで幅広く金融事業を展開する銀行のこと。日本で言えばネット専業銀行に近いイメージだろう。5月30日に発表されたHKMAのプレスリリースによると、今年8月末までにライセンス発行申請の受付けを開始し、年内にも第1号のバーチャルバンクが誕生する見込みである。
アジア最大の金融センターとも言われる香港だが、意外なことに、これまでバーチャル専業銀行は存在していない。香港では、3大発券銀行(HSBC、Standard Chartered Bank、中国銀行)の力が強く、人口も720万人と少ないので、非対面のチャネルだけに特化した新設銀行のニーズは小さいと捉えられ、経営が成り立つかどうか見通せないという意見が根強くあったためだ。
確かに香港の人口720万人は、東京都の3分の2程度でしかない。しかし、普通銀行だけで200行以上がひしめいて競争し合い、世界中から資金を集める、世界でもトップクラスの金融の街である。その金融センター香港で、新規に銀行業務に参入したいと意欲を持つ企業は、香港内外を問わず極めて多いのも事実である。
申請に興味を示している企業は既に50社以上!?
背景のひとつにあるのが、GDPで世界第2位の規模を誇る中国の存在だ。資本規制がかかる中国にとって、香港の金融市場が果たしている「金融ゲートウェイ」としての役割は大きい。
ちなみに、バーチャルバンク・ライセンス取得に必要な最低資本金は、3億香港ドル(約42億5000万円。7月30日現在の換算レート)。普通銀行のライセンス取得に必要な最低資本金額と同額だが、これまでは「銀行」が50.0%以上保有、などとして制限を加えていた銀行ライセンスの取得を、IT会社などにも開放するものだ。
このニュースは、Fintechでは中国本土の後塵を拝してきた香港が、「巻き返しの動きに出てきた」と捉えられ、大きく報道された。香港の地元新聞ではもちろんのこと、海外主要メディアでも大きく取り上げられている。一方で、日本では、残念ながら日本経済新聞が控えめに報道した程度の露出しかなかったので、ご存じの方はそれほど多くないかもしれない。
報道されたHKMA副長官のコメントでは、「既に50社以上がバーチャルバンクの免許申請に興味を示している」とのことであった。相当にニーズは強く、期待は高まっているようである。
今回の件に関して、香港トップクラスの財界人による「数年後には、中国本土の中間層は5億5,000万人になると予想されている。この巨大な中間層の出現に備えておくべきだ」との発言もある。中間層とはいえ、中国本土には、銀行に口座を持ったことのない人が多い。5億5,000万人のうち、10%が香港を通じた金融活動をすると仮定しただけでも、数千万人に及ぶ新たな金融ニーズが、バーチャルバンクを通じ、香港に生まれることになる。
今まで金融に縁のなかった数千万から数億の人々が金融機関を使い始める、これまではなかったようなサービスで、そうした人々のマネーを金融市場に取り込む……という発想が持てると、香港でバーチャルバンク・ライセンスを取得し、金融機関として機能を提供することの意味の大きさに気づけるだろう。
中国本土では、二次元バーコードを使って決済機能を提供している企業が複数あり、既に銀行に近い役割を果たしている。それらの企業が、香港でバーチャルバンク・ライセンスを取得し、同様のサービスを展開するとしたら、相当のインパクトになりそうだ。
こうした中国発の「Fintech」の潮流が、今回の新しい動きを加速させた可能性は高い。香港は、これまで、Fintech分野では慎重なスタンスを取り、ニューヨークやロンドンといった他の金融センターからは遅れていると言われてきた。ところが、昨年あたりから、HKMAにCFO (Chief Fintech Officer)職を設置するなど、矢継ぎ早に手を打ってきているのである。
Fintech分野でも、一気にアジアナンバーワンに名乗り出ようという意気込みが香港当局には感じられる。ニューヨーク・ロンドンと並ぶ世界の3大金融センター「香港」のメンツにかけても、「Fintech=香港」の評判を勝ち取りにいくという決意が、先の発表には滲み出る。当面、香港でのバーチャルバンクの動きからは目が離せない。
長谷川 建一
Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) CIO