前回に引き続き、「カーボンプライシング」とは何かを詳しく説明します。今回は、カーボンプライシングの導入に関する各国の動きを探りましょう。※本連載では、筑波大学名誉教授、日本木質ペレット協会顧問、日本木質バイオマスエネルギー協会顧問である熊崎実氏の著書、『木のルネサンス――林業復権の兆し』(エネルギーフォーラム)より一部を抜粋し、日本とドイツにおける「木質バイオマス」エネルギー利用の現状と今後の展望を探ります。

今なお8割以上を化石燃料に頼る、EU28カ国

前回の続きである。さて、カーボンプライシングの導入は、別の方面からも要望されている。

 

2017年5月に長野県長野市で開かれた国際シンポジウム「木質バイオマスによる地域エネルギーシステムの転換」で基調講演を行ったハインツ・コペッツは、「石油価格が下落している今こそ、炭素税を導入するまたとないチャンスだ」と述べていた。

 

オーストリアのバイオマス協会の設立者でもある彼は、バイオマスにおける熱利用の重要性を一貫して主張してきたのだが、残念なことに、熱部門におけるエネルギー転換は遅々として進んでいない。

 

EUの28カ国でも、熱部門の再生可能エネルギー比率は、この10年間で10%から18%の上昇にとどまっている。つまり、今なお8割以上を化石燃料に頼っているのだ。

 

それに近年では、原油の先物市場価格が1バレル120ドルから50ドル低下したため、消費者は、バイオマスよりも暖房油を選び始めている。これは、脱化石燃料を謳ったパリ協定の精神に反するものであり、炭素税の導入が欠かせないというのである。

 

筆者もそのとおりだと思う。世界は、低炭素社会に向けて大きく動き始めた。化石燃料の消費量は次第に減少し、その価格も長期的に低落していく可能性が高い。それは、一面で好ましいことのように思えるのだが、再生可能なエネルギーからすると、市場競争力の低下に直結する大変な脅威でもある。

 

実のところ、化石燃料の価格が高騰してくれたお陰でバイオマスの近代的エネルギー利用が本格化した。石油価格が下がれば、その安い価格水準で競争しなければならなくなる。この両者を差別化するには、炭素税が最も効果的である。

 

世界に先駆けて炭素税を創設したのはスウェーデンで、1991年のことであった。1990年代中頃の政府統計によると、石炭の平均市場価格は、1キロワット時当たり4.4オーレ、木質燃料が10.2オーレで石炭のほうが断然安い。

 

しかし、一般用の石炭には、炭素税のほかに硫黄税、エネルギー税が課せられていて、その合計は16.9オーレにもなる。最も安価な暖房用燃料とされていた石炭に、市場価格の3.8倍もの税が賦課されたため、木質燃料が俄然有利になった。

 

炭素税の導入により地域熱供給施設での燃料転換が進展した。バイオマスが石炭と石油を圧倒し、今では燃料構成でのシェアが60%にまで高まっている。

 

スウェーデンの炭素税のレベルは、ドンドン引き上げられてきた。炭素トン当たり26ユーロで始まった一般用の税率は、今では120ユーロまでに達している。

 

また当初、目一杯の炭素税がかけられるのは、住宅やサービス部門での熱供給に向けられる化石燃料だけで、競争力を損なう恐れのある産業用の燃料には、低い税率が適用されていた。電気も最初から外されて課税対象になっていない。

 

しかし、これも2018年からは、一般用と産業用の差がなくなって同じレベルになるという。

 

温室効果ガスの削減政策として、炭素税などのカーボンプライシングが有効であると主張する経済学者は多い。

 

しかし我が国では、炭素税の導入に関して、つい最近まで産業界の一部に強い拒絶反応があった。海外から輸入した高価な化石燃料で四苦八苦しているのに、そのうえに炭素税が賦課されたら、もうお手上げだというわけだ。何事も現状のまま推移するとしたら、そのとおりだろう。

「脱化石燃料」に向けて動き始めるスウェーデン

しかし世の中は今、脱化石燃料に向けて大きく動き始めている。将来を見据えた企業であれば、カーボンプライシングの政策を受け入れ、率先して変革に取り組むはずだ。先端的な技術の導入や新しい市場の開拓が進めば、競争力が弱まるどころか、逆に強化される可能性は十分にある。その証拠としてよく引き合いに出されるのがスウェーデンだ。

 

この国の炭素税は伸びが速く、しかも世界一高い。にもかかわらず、1990年から2015年の間に実質国内総生産(GDP)は69%増加した。

 

これまでの常識では、GDPが増えれば二酸化炭素の排出量も増えるとされてきたが、この同じ期間に二酸化炭素の排出は25%減少している。炭素の生産性(GDP/二酸化炭素)が高まったために、GDPと排出量の分離、デカップリングが実現したのである。ただし留意すべきは、旧来の税体系をそのままにして単純に炭素税が付加されたのではない。一般消費税や付加価値税を引き下げながら、炭素税が導入されたのである。

 

翻って日本を見ると、各年の名目GDPを当該年の為替相場でドルに換算した炭素生産性は、1990年代の半ばには世界のトップレベルにあり、スウェーデンと肩を並べていた。それが21世紀に入ったころから、主要な欧州諸国に次々と追い抜かれ、今では極めて低いランクに甘んじている。

 

早い話、実質GDPベースの炭素生産性が1995~2014年の間に何倍になったかを見ると、スウェーデンが2.2倍になっているのに、日本は僅か1.2倍にとどまっている。欧州主要国のどこよりも低い。デカップリングが実現していないのだ。

 

我が国のエネルギー政策は、原子力発電を前面に押し立て、再生可能な自然エネルギーを普及させるための地道な努力を怠ってきた。炭素税などの導入を頑強に拒んできたために、二酸化炭素排出量は殆ど削減されていない。それがまた実質GDPの伸びまで止めてしまったのではないか。反省すべき時期に来ていると思う。

木のルネサンス――林業復権の兆し

木のルネサンス――林業復権の兆し

熊崎 実

エネルギーフォーラム

森林政策の第一人者が、地域における「エネルギー自立」と「木材クラスターの形成」を説く。

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