被相続人の認知症を利用した兄弟が・・・
<事例2>
被相続人の死亡後、自筆証書遺言2通、公正証書遺言1通が見つかりました。そのうち、最初に作成された自筆証書遺言には全財産を相続人のAさんに、2番目に作成された自筆証書遺言および、最後に作成された公正証書遺言には全財産を相続人のBさんにと記されていました。
AさんとBさんは兄弟であり、相続人はこの二人だけです。Bさんは、銀行から公正証書遺言に基づき預金名義を変更し、引き出そうとしましたが、銀行は、ほかにも遺言書があることを知り、供託しました。
被相続人は、認知症を患っており、AさんはBさんが本人に無理に遺言書を書かせたのではないかと疑問を持ちます。そして、Aさんは、全財産をBさんにとする自筆証書遺言および、公正証書遺言が無効であるとして、Bさんに対して訴訟を提起したのでした。
遺言書は相続トラブルを防ぐ手段として効果的ですが、他の相続人が自らの利益となるように、その中身を偽造するおそれがあります。この事例は、遺言書の偽造が疑われる場合に、どのように対処すればよいのかを考えるうえで参考になるでしょう。
具体的な状況をより詳しく説明すると、全財産をBさんのものとする旨の自筆証書遺言と公正証書遺言が作成された時点で、Aさん、Bさんの父親(被相続人)は、認知症を患っていました。Bさんはそんな父親を介護施設に囲い込んで、自分にとって都合のよい遺言書を作成させていたのです。
その後、さらにBさんは、裁判所に父親の成年後見の申立てをしました。「まだ、AがA自身に有利な遺言書を父親に作らせる危険がある」と考え、自らが成年後見人となることで、Aさんが父親に遺言書を書かせることを不可能にさせるのが狙いでした。
しかし、皮肉なことに、このような策略が逆にBさんの墓穴を掘ることとなったのです。
遺言書が偽造された場合には「不審な点」が必ずある
成年後見の申立ての際、裁判所に、父親が認知症で心神喪失状態にあることを明らかにするため、Bさんはその旨を診断した病院のカルテを提出していました。そこで、Aさんの依頼を受けて、事例の代理人を務めていた私は、父親の診断を行った病院に対して、カルテの開示を求めました。
カルテを見ると、認知症の判定でよく利用される長谷川式簡易知能評価スケールと呼ばれる知能検査が行われており、その採点結果は零点でした。自分が何歳であるか、診断を受けた日が何日かもわからないほどで、父親が読み書きすらできない状況となっていたことは明らかでした。
しかも、この診断が行われたのは公正証書遺言作成日のまさに前日。つまり、父親が遺言書に書かれていることを理解することができない状態であるにもかかわらず、公正証書遺言は作成されていたのです。
そこで、私たちは訴訟で「父親はとうてい遺言書など作成できない状態だったのだから、公正証書遺言は無効である」と主張したのです。
この主張は認められ、第一審裁判所は、公正証書遺言は無効であるとの判断を示しました。公正証書遺言が無効とされることは非常に珍しく、ほとんど例がありません。そのような意味において、これは実に画期的な判決でした。
もっとも、自筆証書遺言の無効までは判断してもらえなかったので控訴し、二審では、Bが、心神喪失状態に陥っていた父親に公正証書遺言を作成させたのは、遺言書の偽造にほかならないという主張を行いました。
遺言書の偽造は相続の欠格事由に当たります。したがって、こちらの主張が認められれば、Bさんは相続人としての資格を失うことになるはずでした。
この訴訟戦略は、みごと功を奏しました。「このままでは相続財産をすべて失うことになる・・・」と不安に思ったBさんは和解に応じ、依頼人に有利な形で訴訟を決着させることに成功したのです。
このケースでは、おそらく、公正証書遺言を作成するだけにとどめていれば、相続財産を独り占めするBさんの企ては実現していたに違いありません。策士策に溺れるではありませんが、さらに万全を期そうと、成年後見の申立てをしたことが相手側に大きな逆転の手がかりを与えてしまったのです。
このように、遺言書が偽造された場合には、その疑いを客観的に示す何らかの手がかりや不審な点が必ずあるはずです。
そこを突破口とすれば、遺言書偽造の事実を証明し、本ケースのようにそれを理由として相続欠格を主張するなど、紛争の具体的な状況に応じた解決のための道筋を得られるに違いありません。