従来、開示請求には大変な手間がかかっていたが・・・
<事例9>
父親が死亡し、遺産分割のために、生前贈与の有無を調べることになりました。しかし、相続人の一人が、被相続人の預金、有価証券の取引履歴について金融機関に調査を依頼したところ、金融機関から、相続人全員の同意書がないとして開示を拒否されたのです。
その相続人は、各相続人に同意を求める手紙を書いたのですが、父親と同居していた相続人から、自身が父親から生前に便宜を図ってもらったことを知られたくないとの思いからか、なかなか同意が得られません。そのため、遺産分割協議も進められない状況となってしまいました。
遺産分割を行う際に、「被相続人とともに暮らしていた相続人に生前その財産を使い込まれていないか」「特定の相続人に特別受益に相当するような贈与がなされていないか」など、相続財産の流出状況について調査する必要が生じることがあります。
そのための手段としては、被相続人の取引履歴の開示を金融機関に請求することが効果的です。取引履歴を見れば、たとえば、預金から引き出された金銭の額や引き出された日時等の情報を得ることができます。そうしたお金の流れを示す情報を手がかりとして、相続人への生前贈与の有無等を推測することなどが可能となるのです。
もっとも、従来、金融機関は、被相続人の取引履歴の開示請求に簡単には応じてくれず、相続人全員の同意がなければ拒否するのが一般的でした。そのため、開示請求を行うためには、すべての相続人と連絡をとって同意書面に印鑑を押してもらう必要があり、大変な時間と手間がかかっていたのです。
判例により、相続人全員の合意を得る必要はなくなった
しかし、近時、最高裁によって、相続人全員の同意がなくても預金取引経過の開示請求を認める趣旨の判断が示されました。最高裁の判例は、実務上、法律と同様の役割を果たしています。つまり、相続人が金融機関に取引開示の請求をした場合に、金融機関が、他の相続人の同意がないことを理由として、それを拒むことは違法となるわけです。
非常に重要な判決なので、一部を引用してご紹介しておきましょう。「預金口座の取引経過は、預金契約に基づく金融機関の事務処理を反映したものであるから、預金者にとって、その開示を受けることが、預金の増減とその原因等について正確に把握するとともに、金融機関の事務処理の適切さについて判断するために必要不可欠であるということができる。
したがって、金融機関は、預金契約に基づき、預金者の求めに応じて預金口座の取引経過を開示すべき義務を負うと解するのが相当である。
そして、預金者が死亡した場合、その共同相続人の一人は、預金債権の一部を相続により取得するにとどまるが、これとは別に、共同相続人全員に帰属する預金契約上の地位に基づき、被相続人名義の預金口座についてその取引経過の開示を求める権利を単独で行使することができる(同法264条、252条ただし書)というべきであり、他の共同相続人全員の同意がないことは上記権利行使を妨げる理由となるものではない。」(最高裁判決平成21年1月22日)
もしかしたら、いまだに開示請求を行っても拒否する金融機関があるかもしれません。そのような場合には、この判例部分を示すとよいでしょう。