相続の「基本的な知識」を理解してトラブルに備える
相続トラブルは、強いストレスや心労をもたらすなど、巻き込まれた当事者にとっては非常に大きな負担となります。そうならないためにも、早急な解決が求められるのですが、一度もめてしまうとそうも簡単にはいきません。
本連載では、相続トラブルに直面した場合の具体的な解決策を、実際に起きた事例に即しながら見ていくことにします。
読み進めていただければおわかりになるかと思いますが、相続に関するトラブルを複雑化しているのは、基本的な相続の知識が理解できていないためでもあるのです。
「借金を返せ」と言われても、すぐには支払わない
<事例1>
会社経営者であるAさんが死亡しました。Aさんには子どもも妻もありませんでしたが、父母は健在でした。Aさんが営んでいた会社は多額の債務を抱えており、Aさん個人も借金だらけの状態です。
Aさんが住んでいたマンションは団体信用生命保険に入っていたため、Aさんの死亡で住宅ローンが消滅。父母がそのマンションを相続しました。しかし、その後、Aさんあてに、第三者の債権者から3000万円の請求書などが届くことになります。
当然、その借金を返すあてもなく、父母はAさんが残してくれたマンションを売るしか選択肢がなく、住みかを追われることに大きな不安を抱いています。
この事例のように、被相続人が亡くなったあと、「あなたの息子さんに○百万円貸していたので、返してほしい」などと、見ず知らずの第三者から、突然、その借金の返済を相続人が迫られることがよくあります。
もちろん、被相続人が支払い義務を負っていることが確かな債務であれば、相続放棄しない限り、相続人はそれを相続するのですから、請求に応じて支払うなり、支払いの猶予を求めるなり、債務者として然るべき対応をしなければならないでしょう。
しかし、請求された債務が、本当に支払わなければいけないものなのか、すなわち、法的な支払い義務が存在するのかどうか、不明確な場合は警戒が必要です。もしかしたら、被相続人の死につけ込み、ありもしない借金をでっちあげて返済を求めてきている可能性もあるでしょう。
ことに、被相続人にかけられていた多額の生命保険がおりていたり、あるいはこのケースのように住宅ローンが消滅した不動産を相続人が相続したような状況では、それを聞きつけた者の中から、「もらえたらもうけもの」ぐらいの考えで、まるで火事場泥棒のように、平然と詐欺まがいの請求をしてくる輩が現れても不思議ではありません。
したがって、相手の言い分をそのまま鵜呑みにし、求められるがままに支払うことは避けるべきです。借用証書を目の前に突き出されたとしても、それが被相続人の死の間際に作られたようなものであれば、念のため、偽造された可能性を疑ってみてもよいでしょう。
実際、筆者が過去にかかわった案件の中にも、登記申請書が偽造され、被相続人の所有不動産に対して、架空の債権を担保する抵当権設定仮登記がひそかに行われていたケースがありました。
時間をおいて「債務の存否」を調査する
もっとも、そのような事態に直面してしまうと、全く疑いもせず支払ってしまう人が現実には多いようです。被相続人の亡くなった直後は、突然の家族の死に動転していたり、葬式の準備であわただしかったりなど、一種の混乱状態にあるので、冷静に判断できる状況にはありません。
しかも、手元には相続によって得たまとまった額の財産があり、請求された金額を即支払うことが可能ですし、また、
「息子が、お金を借りて迷惑をかけていたとは・・・申し訳ない」
「夫を借金のないきれいな身体にして、あの世に送ってやりたい」
などという思いもあることから、ついついお金を出してしまうのでしょう。
しかし、後日、やはり債務はなかったと判明した場合に、支払ってしまったものを取り戻すことはこの上なく困難です。法律上は、不当利得という形で、返還を請求する権利はありますが、そもそもありもしない債権の支払いを求めてくるような者が、一度手にしたものをすんなりと返してくれることなど期待できないでしょう。
そこで、何をおいても、すぐに弁済することは避け、適当な理由を挙げて支払いまでの時間をおくことをお勧めします。そして、その間に、しっかりと相続財産と債務の調査を行うのです。その結果、請求された債務の存在が確認できたのならば、相続財産で支払うのか、あるいは相続財産での弁済が難しいのであれば、相続放棄するのかを検討します。
一方、債務がないことが判明したのであれば、支払い義務がないことを明らかにするために債務不存在確認訴訟を提起するなどの対応が考えられます。
また借用証書等が偽造されていたような場合には、私文書偽造罪で警察に被害届を出すことを検討してみてもよいでしょう。