外科領域全体で比較しても、白内障の手術は難しい
前回の続きです。
白内障手術は、短時間かつ日帰りですむため患者さんにとっては〝手軽に受けられる簡単な手術〟と思われがちですが、実は白内障手術は執刀する医師にとっては〝非常に難しい手術〟です。
複数の外科学会の連合体である外保連(外科系学会社会保険委員会連合)が調査、検証の上、発表している手術の難易度一覧表によると、白内障の手術(水晶体再建術)は5段階中、上から2番目のランクに入っています。この難易度のランクは、外科領域すべての手術を対象にしたものです。外科領域全体で比較しても、白内障の手術は難しいというのが共通認識なのです。
白内障手術を行う眼科医には、小さな目の中を手作業で、メスを使って10分の1㎜単位で切開するため、高度な技術と集中力が求められます。眼球は直径23㎜程度の非常に小さい臓器ですから、少しの操作の違いが手術後の視力の差となり、患者さんの生活のしやすさに大きな影響を及ぼすこともあります。
「すぐ終わる」「簡単」なケースばかりではない
それでは〝難しい手術である〟ということは、どういうことでしょうか?
手術は物作りではありません。
例えば小さな腕時計を人の手で組み立てる作業をするときには、ミリメートル単位以下の細かい操作が必要となるでしょう。その一つひとつの工程でわずかでも狂いがあれば、結果として時間が狂いやすく、故障しやすくなるでしょう。最悪の場合には時計としてまったく機能しないということもあるでしょう。
白内障手術の難しさもまったく同じです。つまり白内障手術の難しさは〝たった少しの狂いが大きな合併症を引き起こしたり、手術後の視力を大きく左右する〟ということです。
ただし、白内障手術が時計の組み立てと違うのは、手術は物作りではなく、たった一つしかない、その人の目を扱っているということです。時計作りならうまくいかなくても次の物を作ればいいのでしょうが、白内障手術ではそうはいかないのです。
もう一つ、白内障手術と時計作りの大きな違いがあります。それは時計作りはゼロの状態からから物を組み立てていく作業ですが、白内障手術ではいわばすべての手術が「すでに使用されている時計の修理である」ということです。
時計作りに使うパーツの一つひとつは、組み立て工場が部品工場にパーツを注文し、部品工場がその設計の通りに部品を作り、その部品を使って組み立て工場で時計に組み立てていきます。
しかし、白内障手術の工程は大きく違います。白内障手術とは、すでにそこには〝白内障〟という故障箇所のある時計を、いわば修理することです。白内障手術は一から部品を組み立てていくのではないのです。
したがって、白内障手術では思わぬ他の故障が見つかることもあります。この故障とは、眼球の中に組織の弱くなっている部分がある、ということです。白内障手術を受ける平均年齢は60〜70歳代です。白内障手術とは、70年使い込んだ腕時計の修理なのです。どこにどのような手術の落とし穴が潜んでいるかは、手術が始まってみないとわかりません。
例えば水晶体を目の中で固定しているチン小帯という組織があります。その組織は非常に細い糸のような組織で、それだけで水晶体は目の中で固定されています。このチン小帯は加齢にともなって次第に弱くなっていきます。
それだけでなく偽落屑症候群(ぎらくせつしょうこうぐん)やマルファン症候群などの疾患にともない、極端に弱くなっている場合もあります。しかもそれが、手術前の検査では全く診断できないこともあるのです。そういったケースは非常に難しい手術となり、一度目の手術で眼内レンズを入れられず、特殊な眼内レンズを後日縫い付けることもあります。
〝白内障手術は必ずあっという間にすぐ終わるし、簡単に受けることができる〟というのは誰にでもあてはまるわけではありません。白内障といわれている患者さんたちには目を背けたいことかもしれませんが、例外的とはいえ、目の特性によってはこのようなことがありうるのです。