米の景気は堅調、関心はFRBが利上げを何回実施するか
米労働省が3月9日に発表した2月の雇用統計は、失業率は前月から横ばいの4.1%と、17年ぶりの低水準を維持した。市場予想は4.0%だった。労働市場に対しての明るい見通しが広まり、求職者が増加したことが、失業率の低下を抑えたと見られる。景気動向を敏感に映すとされる非農業部門の就業者数は、市場の事前予想20万人増(前月比)に対し、31万3000人増加(前月比)となり、2016年7月以来、1年7カ月ぶりの大幅な伸びを示した。
一方、時間当たり平均賃金は、前回1月雇用統計で2.8%増となり市場を驚かせたが、前月比4セント(0.1%)増の26.75ドルに留まった。これは前年同月比では2.6%増である。なお、平均週労働時間は34.5時間。1月は34.4時間に減少した。
1月の米国経済統計を振り返ると、個人消費や住宅販売、鉱工業生産が軟調だったほか、貿易赤字が拡大していることから、第1・四半期国内総生産(GDP)市場予想コンセンサスは、17年第4・四半期GDPの年率2.5%増から、同2.0%に下方修正されている。一方で、今回の2月雇用統計は米経済が依然として底堅いことを示すものとなった。
米連邦準備理事会(FRB)は、今回の雇用統計では賃金の伸びの勢いは緩やかになったものの、「景気は堅調に推移し、労働市場も完全雇用からやや上振れ気味の状態である」と見ており、20-21日の連邦公開市場委員会(FOMC)会合で、利上げを実施すると予想されている。
最大の関心事は、FRBが2018年中に、利上げを、3回実施するのか、4回実施するのかという点だ。労働市場の引き締まりを背景に、賃金の伸びが今後加速し、年内に物価が目標値の2%に達する可能性は高い。さらに、減税や政府の財政出動計画による効果はこれから本格的に現れる見込みである。
雇用の増加が経済の堅調さを反映しているという点では、市場の見方はほぼ一致しており、年内3回の利上げ実施を見込むFOMCコンセンサスは市場でも織り込まれている。見方が分かれるのは、賃金の伸びは加速するかどうかという点だ。インフレ率の伸び次第という不確定要素を、どう判断するか? 市場でも意見が分かれている。
トランプの輸入制限措置は、どこまで本気なのか?
もう一つの撹乱要因は、トランプ米大統領が8日に署名した鉄鋼とアルミニウムに対する輸入制限措置の発動だ。「トランプ関税」を巡る国際政治の動向が金融市場を大きく揺るがしている。影響を受けるとされている欧州は、欧州委員会のマルムストローム委員(通商担当)が7日、EUが対抗措置として、米国からの輸入品に28億ユーロ(約3700億円)相当の報復関税を課すとの方針を示した。
経済的なナショナリズムが台頭し保護貿易的な流れが強まれば、世界の金融市場にとって厳しい展開になる恐れもあり、トランプ大統領が保護主義に陥るのかどうか、今後も目が離せない状況は続く。既に、黒田日銀総裁やドラギECB総裁も懸念を表明しているが、保護主義の台頭は、世界経済にとっては最大のリスクであるとともに、米国経済にとっても、プラスになることはないというのが大方の見方となっている。
ただ、トランプ大統領の動静に関しては、楽観的な見解もある。今回の強硬姿勢への転換は、3月13日のペンシルベニア州下院補欠選挙を意識した「演出」に過ぎないとの指摘だ。また前述の北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉を有利に進めるための戦術との見方もある。これまでのように、言を左右にするが、最後は態度を軟化させて、落ち着きどころはそんなにひどいことにはならないだろうという見解だ。
最悪の悲観シナリオが台頭した場合、心配されるのは、自由貿易体制によって支えられてきた堅調な米国経済が変調をきたすことであろう。その場合は、米株安への圧力が高まるほか、財政赤字の拡大・FRBのバランスシート縮小による米国債需給悪化・関税率引き上げによる悪いインフレへの警戒感は、米国債の売り圧力にもなり得る。
米株や米債が不安定化することは、米ドルへの信認も低下させる危険を増幅する。現に、世界の政府系ファンド(SWF)の中には、今後1年間で、米国資産を減らす意向を示しているところも出てきている。
筆者は、悲観的なシナリオが実現する可能性は、低いと考えているが、「トランプ関税」は、世界経済と市場にとって重要なターニングポイントになる可能性を秘めている点には、注意しておきたい。