多様なニーズに応えることで管理をしやすくする
筆者の会社は、建物の計画段階から事業に参画します。マーケティングも踏まえることで、管理会社にとって管理しやすい物件という視点だけでなく、家賃の取れる物件という視点でも計画を評価できます。
管理しやすく家賃の取れる物件という視点では、一般論として次のことに留意する必要があります。例えば、玄関から中を見通せないようにすることも一つです。壁のクロスを選べるようにしたり水回り設備の組み合わせにいくつかのパターンを持たせたりするなど、多様なニーズに応えられるようにしておくことも不可欠です。
きめ細かな視点を持つことも求められます。女性の入居者を想定し、光の入り方、設備のグレード、安全の確保などに気を配ります。光の入り方は季節感の表現にも通じます。それは、建築設計者として常に心掛けるようにしている点です。
建築の段階から関わることは、私たちにとって都合のいい点があります。それは、トラブルに迅速・的確に対応できるという点です。
賃貸住宅を管理する会社には入居者から日々、住宅や生活に関するトラブルが持ち込まれます。このうち住宅に関するトラブルに関しては、建築段階のことが分かっているか否かによって、その内容を適切に理解し的確な対応が取れるか否かが決まります。
建築段階のことが分かっていれば、トラブルの現象を聞いただけで、その原因にまで想像力を働かせることができます。そして、それを解消するにはどうすればいいかという点にまで考えを及ばせることも可能です。
トラブルに迅速・的確に向き合うことは管理会社の顧客対応として不可欠です。管理会社にとっては、建築の段階から関わることで、顧客満足度を上げることができるわけです。それができる管理会社は、独自の強みを持ち得ます。
工事完了まで「支出と収入の精査」を繰り返す
私の会社ではまた、建物が完成するまで何カ月も時間がかかるので、その間支出と収入の精査を繰り返します。着工までの段階で計画を完全に固めてしまうのではなく、完成までの間、あきらめることなく、費用を抑え、収益を上げる、その努力を怠らないのです。
例えばある賃貸建物の場合には、収益をさらに上げる手段としてテナント用の看板スペースの捻出に成功しました。当初の計画ではそれは見込んでいなかったのですが、途中で天空率と呼ばれる考え方を用いて、斜線制限という高さ制限の緩和を受ける方向に計画を見直したので、この看板スペースを生み出すことができたのです。
一言で言えば、賃貸建物の建つ位置を道路際から後退させ、それによって建物の形態を、斜線制限を受けない、すっきりしたものに整えました。建物の位置を道路から後退させたことで、道路と建物との間にはスペースが生まれました。そこを、道路からよく見通せることから価値があるのではと考え、看板スペースに充てて、おまけに隣家との塀にもしました。
この例では、収益性を上げるためというよりは、あくまで高さ制限の緩和を受けるために計画を見直しています。ただ、建物の形態を改めただけに留まらず、それによって生み出されたスペースに目を向けました。そして、そこに看板スペースとしての収益性を見いだしたのです。
建物が完成するまで、費用を抑え、収益を上げる、その努力を怠らないようにしようという姿勢が、それを可能にしたといえます。
支出と収入の精査を重ねながら、建物は完成を迎えます。実はこの建物完成時点こそ、事業リスクの最も高い時期といえます。何しろ、入居率ゼロの状態から満室を目指さないといけません。家賃設定が高ければ、入居者はなかなか集まりません。
しかし、だからと言ってすぐに家賃を下げようものなら、それが実績になります。家賃を上げるのは至難の業ですから、いったん下げてしまった家賃の水準はその後にまで尾を引きます。事業計画を最初から狂わせることになるのです。
重要なのは、完成までにどこまで入居者を確保し入居率を高められるかという点です。新築の案件では、そこに全精力を傾けます。