庭の樹木や大谷石を再利用して「趣」を感じる空間に
次世代に残すのは、建材に限りません。場合によっては、もっと大きな構造物や樹木を残すこともあります。
東京・西小山にある600坪ほどの土地で、元の木造住宅を土地活用の一環として自宅併設の共同住宅に建て替えたプロジェクトの例です。賃貸住宅15戸と建築主であるIさんのご自宅で構成する地上5階建ての建物ですが、大屋根で覆われた一軒家を思わせるような外観が特徴です。
敷地の一角には、地上2階建ての離れのスペースも税金対策で設けました。1階はIさんの事務所で、2階は住戸1戸だけの賃貸住宅です。
この例では、明治40年に築造された石造りの蔵と、長年にわたって親しんできた庭の樹木を残しました。敷地内には土を盛った部分の擁壁代わりに大谷石が使われていました。これは、舗装用として再利用しています。
石造りの蔵は当初、取り壊し予定だったものです。しかし、この蔵や樹木を残すことで、敷地内に入ってから建物エントランスまでのアプローチに一種のリズムを生み出すことができます。敷地内に入ってから、すっと建物のエントランスにたどり着いてしまうのではなく、リズムを生み出すことで趣を加えることを狙ったのです。
歴史や文化を感じさせる古いものを生かしながら、生活空間を新しくつくり出す発想です。古いものを通じて昔を懐かしむというよりは、それらの持つ力を利用し、次世代にまで受け継がれるような新しい空間を創造しようという狙いです。
この例でも、石造りの蔵や樹木などを残すことを快諾してくださったIさんには喜んでいただけました。残した蔵の屋根を自発的に葺き替え、新しく生み出されたこの生活空間にさらに溶け込むようにしてくださったほどです。
地域の歴史を受け継ぐことで、入居者に好印象を与える
地域のシンボルとなるものや歴史を象徴するものを残し、それを地域に向けて発信することで、地域の建物としての意味合いを深めることも重要です。
東京・巣鴨で地上11階建てのオーナー自宅併設の賃貸住宅を建てたときのことです。この辺りは遺跡が多く、埋蔵文化財の出土する可能性が高い場所です。そのような場所では、そこで土を掘り返すような土木工事の前に、埋蔵文化財の有無を調べる調査を開発主負担でやることが義務付けられています。
調査すると予想通り、埋蔵品が多数出土しました。江戸時代には、松本藩の屋敷があったようです。これらの出土品は地元自治体の教育委員会所蔵という扱いになります。ここでは新しく建てた建物1階エントランスに展示コーナーを設け、そこに教育委員会から借り受けた出土品の一部を展示するようにしました。展示品は2年に一度の割合で入れ替えています。
こうすることで、敷地の場所性が明らかになります。その地域の歴史や精神を受け継ぐことにもなるので、賃貸住宅の入居者からも好評のようです。