なぜエントランスを「2階」に持ってきたのか?
建築設計の依頼を受けるのは、人の紹介ばかりとも限りません。中には、コンペと呼ばれる設計競争の場合もあります。土地の有効活用を考える地主の求めに応じて複数の不動産・建設会社が具体的なプランを提案し、その内容の良し悪しによって選んでもらうものです。
中野区野方という場所では、環状7号線沿いの土地を活用しようという地主のKさんが、そうしたコンペを経て当社を選んでくださいました。競合相手として大手住宅メーカーも顔を出していたような激戦を勝ち抜いたのです。
土地は、西武新宿線野方駅から徒歩3分という好立地です。野方から高田馬場までは十数分ですから、都心方面に出るのも便利な場所です。立地条件に恵まれたその場所に、146室の学生専用の賃貸マンションを建設することを提案しました。
提案のポイントは、2階にエントランスを持ってきた点です。2階以上に居室を配置し、1階には店舗や駐輪場、そして通路を設けました。この通路は、野方駅方面から環状7号線方面に抜ける抜け道として機能するものです。
通常であれば、1階にエントランスを設けるのが常識です。しかし、敷地西側から突き当たる道路と敷地東側を南北に走る環状7号線を、ちょうど分かつように広がる土地だったことから、敷地内を通り抜けができれば、敷地西側と環状7号線との行き来がラクになって、どんなにか便利だろうと考えたのです。
時がたっても「品質と競争力」が衰えないことが重要
そこで常識に反して、1階にはエントランスを設けることなく、幅員6m程度の環状7号線と裏側の道をつなげる通路を確保することしました。
1階のワンフロアには居室を設けないということは、延べ床面積に占める貸床面積の割合を示すレンタブル比を下げるということです。このレンタブル比は賃貸事業でよく問われる指標です。床面積に占める賃貸面積の割合を指します。この比率が高いほど、収益性は高くなります。1階をこうした用途に充てることは、事業面では必ずしも好ましくありません。
しかし、コンペの競合相手に比べ建設費用を2割近く安く抑えることができる見込みでした。借入金は首都圏不燃建築公社の低利ローンを前提にしていました。建設費用と借入金利を低く抑えることができれば、事業計画を有利に描くことができます。
レンタブル比が低く事業収入はある程度抑えられていたとしても、建設費用と借入金利の低さから事業支出も抑えられれば、事業収支のバランスは取れます。Kさんの評価を得るには、これは最低限必要なことです。
そのうえで提案が評価され、それが実施案に選ばれたのは、計画のコンセプトや建物のデザインが支持されたからです。
Kさんは野方で代々続いてきた地主として、地域の方々や周辺環境への貢献という点を非常に重視されていました。1階を通り抜け可能にした計画のコンセプトは、そうしたKさんだからこそ、ご評価いただきました。
もちろん、セキュリティーには気を配っていますから、居室を配置した2階以上のフロアまで誰もが自由に出入りできるわけではありません。周辺環境に貢献するデザインという点では、曲面を生かした優しいフォルムと敷地西側の桜並木が、それを象徴しています。
Kさんは企画段階から、10年、15年と時がたっても、最新のマンションに負けない品質と競争力を備えた建物にしてほしい、と望んでいました。それを実現できたことも支持を得られた理由だと考えています。