元外務省主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍し、現在は作家として執筆活動やラジオ出演、講演活動を行っている佐藤優氏の著書『佐藤優の地政学リスク講座 一触即発の世界』(時事通信出版局)の中から一部を抜粋し、緊張が高まる国際情勢分析をご紹介します。※本連載は、2018年1月22日刊行の書籍『佐藤優の地政学リスク講座 一触即発の世界』から抜粋したものです。

高まる危機

私は2017年9月ごろまでは米朝戦争が起こる確率は10万分の1くらいだと思っていました。これは、ほとんど無視してもいいレベルの確率です。10月ごろは1万分の1に上がってきたと思いました。そして、11月になってからは1000分の1くらいになったと思っています。

 

1000分の1というのがどれくらいかというと、5軒先の家で小さな火事が起きている。それがわが家まで延焼してきて、自分の家が燃えるかどうかというレベルです。外交の世界で、1000分の1の確率というのは相当高いと考えていい。それぐらい危機は高まってきている。これが私の認識です。

 

国際情勢では、野球に例えればメジャーリーグであるアメリカ、中国、ロシアといった国が大きな力を持っているんです。ちなみに我々日本はマイナーリーグです。では、北朝鮮はどうかといえば、草野球レベルです。草野球レベルのチームが、核兵器と運搬手段を持ったことによって突然、メジャーリーグに入ってきて試合をしようとしている状況が今起きているんです。

アメリカの先制攻撃はない

ちなみに、アメリカが北朝鮮に先制攻撃すると言う評論家が時々いますが、これはあり得ないシナリオです。どうしてか。まず、日本の状況から見ていきましょう。

 

日本のパスポートには「3カ月以上海外に滞在する時は在留届を出してください」と書いてあります。それで、実際に在留届を出している人が韓国に大体4万人くらいいます。短期旅行などで出さなくていい人や、出したくないといって出していない人もいるのですが、大体その人数は出した人と同じくらいと見るのが外交の常識です。だから日本人は韓国に8万人くらいはいると考えていい

 

それで、韓国内の仁川空港や金浦空港などと、日本の成田空港や羽田空港、新千歳空港といった空港を結んでいる航空路線は、1日にどれぐらいあると思いますか。直近のデータでは160便ぐらいです。この中には小型機もあります。

 

次に飛行機に乗せられる人数を考えてみましょう。計算をやりやすくするために仮に250人乗せられるとした場合、1日に運べる人数は4万人です。8万人の人間を仮に全員日本行きの飛行機に乗せられたとしても、2日かかるんです。「それなら増便すればいい」という人もいますが、実際に朝鮮半島有事が起きたら、まず不可能でしょう。そもそもそれだけの人数を一度に安全に空港に集めるのも難しい。

 

アメリカ人はどうでしょうか。アメリカ人で韓国内に在留登録している人は約10万人います。やはり届け出をした人と同数くらいは届け出をしていない人いると考えられるので実際は20万人くらいはいると考えてよいでしょう。そうなると、アメリカ人も全員安全かつ迅速に国外に逃がすのは至難の業だということが分かりますね。

 

アメリカにも日本にも重要な価値観が三つあります

 

1番目は個人主義。政府が「避難しろ」と言っても、「私はいやだ」と言ったら、強制的に避難させることはできない。

 

2番目は合理主義。今の日本人は、竹槍でB29に突っ込むというようなことはしない。

 

3番目は生命至上主義。命が何よりも大切だということです。アメリカと日本はその価値観を共有している。

 

しかし、北朝鮮には、この三つのうち、個人主義と生命至上主義がないんです。国民の命が奪われても構わないと思っている。そういう国は強いんです。「お前、ここに行け」と命令されたら、行かなかったら殺されるから、みんな言われた通りに行動する。こういう状態になっているわけです。

 

また、韓国内にいるアメリカ人に「国外に逃げろ」と言ったって、現地に家族がいるということもあるでしょう。あるいは日本人だって、観光客だけでなくて、韓国内に地盤を築いて仕事をしている方もいると思う。そういう人たちにとって、韓国から出るということは、自分のビジネスの基盤を全部捨てるということになります。そこにはなかなか踏み込めないと思うんです。

 

そう考えると、アメリカがもし北朝鮮に先制攻撃をして、韓国内にいるアメリカ人が仮に数百人でも死んでしまったとしたら、トランプ政権は確実に吹っ飛ぶでしょう。そんなリスクは冒すことができない。

 

だから、米朝開戦があるとしても、それは、北朝鮮が先に攻めてくるようなシナリオしかないわけです。

本連載は、2018年1月22日刊行の書籍『佐藤優の地政学リスク講座 一触即発の世界』から抜粋したものです。最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

佐藤優の地政学リスク講座 一触即発の世界

佐藤優の地政学リスク講座 一触即発の世界

佐藤優

時事通信出版局

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