「久しぶりー、元気だった?」
その週末、久しぶりに綾乃から電話があった。
綾乃というのは、3年前に別れた元カノで、別れてからしばらくは音信不通だったのだが、2年前に再会してからは、お互いに気心の知れた友人として、親しく付き合っている。
飲みに行こうという綾乃からの誘いを断る理由はなかった。なにか話したいことがあるのだろうし、オレのほうもマンションを購入した話を聞いてもらいたかった。
翌週の金曜日の夜。「プレミアムフライデー」なんて呼ぶには閑散としている月末金曜日の夜、昔二人でよく通っていた老舗の焼き鳥屋で、オレは綾乃に会った。
「久しぶりー、元気だった?」から始まる、他愛もない近況報告。
綾乃と出会ったのは、オレが27歳のときだ。別の部署から異動してきた綾乃をくどいて、付き合うことになった当初は、結婚したいと思っていた。けれども、当時、彼女は24歳で、まだ結婚生活に現実味がなかったから、そういう話にはならなかった。
そのうちに、お決まりのことだが、お互いの価値観や性格の違いから、一緒に生活することに不安を感じるようになった。そのまま、なんとなく結婚する意思を固められず、かといってほかにいい相手がいるでもなく、別れたり、よりを戻したりを繰り返した。
最終的に、きっぱりと別れたのは、彼女が35歳になる前のことだ。彼女が結婚したいのであれば、今のうちにほかの男を探して結婚したほうがいいと思ったのだ。
「実は、マンションを買ったんだ」
その後のことはよく知らない。てっきりすぐに結婚するものだと思っていたら、そうでもなく、相手がいるのかいないのかすらよく分からないまま、独身生活を続けている。その手の話題は、やぶ蛇になるのが怖いので、触れないことにしている。
新しく入ってきた部下の愚痴とか、今度、昇進するかもしれないという喜びとか、ひととおり彼女の話が終わったところで「最近どうしてる?」と聞かれたオレは、待ってましたとばかり「実は、マンションを買ったんだ」と口にした。
「そうなんだ、すごいね」と受けた彼女は、すぐに「お母さん、どうするの?」と聞いてきた。
彼女との結婚に踏み切れなかった理由の一つが、母の存在だった。