本当に製造原価は「200円が限界」なのか?
原価というものはいくつかの区分の仕方があります。操業度(売上高と考えてもらって構いません)の観点から原価を区分すると、操業度が増加するに従ってその発生額が増加する原価と、操業度が増加してもその発生額が一定である原価に区分することができます。
前者を「変動費」、後者を「固定費」と言い、変動費には原材料費、外注加工費などがあり、固定費には人件費、減価償却費、地代家賃などがありますが、大半の原価は固定費と考えて問題ありません。
人件費などは固定給が一般的ですから、売上が上がっても発生額は増えません。だから、「固定費」なのです。残業代を払えば増えるとの指摘もあると思いますが、固定費としての人件費総額に比べると、残業代という変動費額は通常は僅少ですので無視しても構いません。
確かに、現在の加工量ベースで計算した1加工当たりの製造原価は200円ですが、この原価の内訳をよく検討すると、変動費は材料費(薬品費)と水道代のみで、その他は全て固定費と考えてよいものであり、変動費は1加工当たり80円、固定費は120円でした。
こうした状況の中、新規の顧客開拓でオファーできる価格の下限はいったいいくらになるのでしょうか。本当に200円が限界なのでしょうか。
例えば、新規先から新たなクリーニング加工を一件受注した場合、会社から出ていくキャッシュは変動費の80円のみです。人件費や賃料、減価償却費などの発生額に何ら変化はありません。
1加工当たり80円がキャッシュアウトするのですから、1加工につき80円を超える収入が得られれば、トータルでプラスのキャッシュが社内に流入することになります。81円の受注価格であれば1円のプラスですから、81円以上であれば新規の受注を受けるべきという結論になります。
この場合、固定費の120円の取り扱いはどうするのかという指摘があると思いますが、加工数量の増減にかかわらず固定費の総額に変化はありませんから、固定費は意思決定上「考慮しなくてもよい原価」となります。こうした原価は「埋没原価(サンクコスト)」と呼ばれます。
もちろん、本当に81円でいいのかという議論は、他の要素、例えばA社の市場でのブランド評価なども考慮しながら検討するべきものですが、単純にキャッシュフローの観点から考えれば、81円以上の価格で受注するべきという結論になります。
「固定費」も含めて原価計算することが重要
その後の役員会で、「80円まで下げても問題がないですから、もっと自由に価格を提示してもよいですよ」と話したところ、皆、信じがたい顔をしていました。
中には、「そんな赤字の価格を提示したら当社は倒産してしまうではないか!」と激昂する役員もいたほどです。今まで200円が「製造原価」であると教えられ、その「製造原価」が新規受注価格の最低ラインであると信じてきたわけですから無理もありません。
全部原価(変動費と固定費)で計算された製造原価は、そもそも財務諸表作成のために用いられる原価であって、経営上の意思決定に使う原価ではないのです。
決算期末に存在する製品在庫や仕掛品在庫を貸借対照表上に計上する必要がありますが、それらを評価する(金額を決定する)ためには、「固定費」をも含めて原価計算をせざるを得ないのです。
ところが一般的には、財務諸表の作成に用いる全部原価で計算された製造原価が、「唯一の原価」であると誤解されています。その結果、本ケースのような価格戦略上のミスが多くの中小企業で頻発しているのです。
ともあれ、このシンプルな話はA社にとって大きな収穫となりました。価格において〝戦略上の遊び〟ができるようになり、これまで全く話にならなかった病院や工場などの法人への営業へ行けるようになったからです。
それまでは、工場や病院などの法人顧客はゼロでしたが、この知見をベースに3つの大口顧客の獲得に成功しています。各々の契約価格は、130円、150円、150円です。
A社工場での加工数量が大幅に増加したことから多少の残業代は増えましたが、大きなプラスのキャッシュインが生じることとなりました。それまでは工場の操業度は50%を切る程度の低操業度でしたので、大口新規受注によって、当然ですが、1加工当たりの全部原価ベースの製造原価が下がっています。
「200円以下の受注はまかりならぬ」という言いつけを守っていたら、受注などできなかった案件です。A社はその後も積極的に法人営業を続けています。